Bar Sithy
□愛は惜しみなく与えるもの
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アクアリウムの最終の日、龍馬は銀座のホステスさなと遠く窓越しにそびえるスカイツリーをバックに、魚たちが泳ぐ姿をうつろな目で鑑賞していた。
昨日の酒が抜けん…。
毎晩毎晩、シャンパンだバーボンだ日本酒だ焼酎だマッコリだ…とやっていると、さすがに自分はアル中なんじゃないかと思えて来る。
ましてや飲み屋を何軒も経営しているのだ。酒を飲むのも仕事のうちとして、今まで浴びる程飲んで来た。
それでも30を過ぎて少し健康に気を使うようになり、ぐっと酒量を控えてはいるつもりなのだが…。
「すっかり酒に弱くなったぜよ…。」
「え?龍馬さん、なにか言いました?」
「お?…いや、綺麗じゃのう。」
…こん魚たちも、こがな高層の場所で泳がされとるとは、思ってもなかろう。
都会のど真ん中で自分が何がしたいのか、何ができるのか、訳もわからず…泳いでるつもりが泳がされている人間たちとこの魚たちが、なんとなく重なって見えて複雑な心境だ。
「最終日だからじゃろうか?よう混んどる。」
「ふふ…ここは土日はいつも混雑してますよ。平日の方が良かったかもしれないですね…。」
自身が所属しているドッポンギヒルズクラブから、この天空のアクアリウムのチケットをもらってはいたものの、結局忙しくて夏の間は来る事ができなかった。
目と鼻の先に住んでいるというのに、ヘリで成田に向かうときと、クラブ内のレストランを使うくらいしか、このタワーには近寄らない。
「実際、わしは港区より新宿区の方が好きなんじゃ…。」
故郷の土佐から大学進学の為に出て来て十数年…。
土佐の荒波をイメージして港区に居を構えたが、龍馬はスノッヴな青山、麻布、飯倉、広尾、を抱える港区より雑然とした荒野を思わせる新宿区が好きだった。
「あそここそ、人種のるつぼじゃ。」
青白く浮かび上がるくらげたちをぼんやり眺めながら、龍馬は誰にともなく呟くのだった。
*
「はい。そしたら一旦、呼吸を止めて…そう!そして上体が床に張り付いている事を意識しながら、少しずつ、腹から息を出してください…。」
「ふ〜〜〜〜〜〜〜ぅ。岡田くん…このあと…この後って、空いてるかい?」
「は?この後って、レッスンですか?」
「今日は早番だから、もう上がれるでしょ!?」
「……今日はこの後、振替の方お二人のトレーニングが入ってます。」
「あ、じゃあ、終わるまで待ってるから。何時頃?」
「…どのようなご用件でしょうか?」
「いや〜、わしの孫娘がねぇ。ちょうど岡田君と同年くらいの年齢なんだが…。こんど誕生日だからプレゼントをあげたいんだけど、如何せんわからなくてねえ!…だから岡田君に、どんなものがいいか選んでもらおうかと思って…。」
「…………。」
今度は孫の誕生日か。
この間はボディビル用の教則本を選ぶだあ、銀座のアバクロに香水買いに行くから付き合えだあ、高野に夏限定のパフェがあるからごちそうするだあ…訳が分からん!
「俺は…女の事はわからないですよ。」
「あ?やっぱり?」
「は?」
「いや〜、そうだよねぇ!いやいや、岡田君は彼女とか決まった子は…いないの?」
「………。」
「だって岡田君、綺麗だから放っておかれないでしょ。凄くシャイニーだから…。ボクもいろんな男の子見てきたけど、君はオーラっていうのかな?なんだか全てが、他と違うんだよね!?
立ち姿なんてねえ…昔の…江戸時代の武士道に通づるものがあるよ…。芸能界とかから誘い、来ない?」
「は!?」
「いや〜、ボクね。カルーセル麻紀と懇意にしてるの。昔…作家の三島由起夫なんかと「銀巴里」でさ。そっからの付き合い。もし岡田君、芸能界とか興味あるなら、紹介できるよ?」
「……そんなものに興味はないっ!」
俺は握っていたタオルを床に叩き付けた。
それはカルーセル麻紀じゃなくて、美輪明宏だろ!!
「Σひ!?あ…じゃあ、日本刀とか好き?…ボクね、本物の日本刀コレクションして…るの…」
「そんなものにも!興味はないっ!!」
吐きそうだ…!
俺は堪らず怒りの侭にトレーニングルームを飛び出した。
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