Bar Sithy
□夏に恋する乙女たち
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「ん…なんだもう、行くのか?」
身支度をしている横でトシが目を覚まし、気怠そうに尋ねた。
「ええ…。もう、行くわ。」
「ゆっくりしていきゃあいいじゃねえか…?リッツに昼飯喰いに行こうぜ?」
「…今日は…遠慮するわ。」
ストッキングをガーターに留め終え、ワンピースを身にまとって袖を通す。
「ああ…ファスナー…留めてやるよ。」
トシはベッドから起き上がって、後ろに立ち、慣れた手つきでファスナーを閉めてくれた。
「ふふ…優しいのね?」
「行っちゃうのか…?準…。」
「ふ…準って、呼んでくれるの?」
トシはおもむろに、後ろから私を抱きしめた。
窓の外は都会の喧噪の中、大使館の屋敷に植えられた木々の緑が青々と生茂っているのが見える。
「…今日、慎子と同伴の約束でしょ…?忘れないでいてあげて。」
「あん?そうか、今日だったか。」
「…あの子、凄く楽しみにしていたわ…。ちゃんと付き合ってあげて。うちの店の子は、あの子もIKKOもTKもみんな…本当純粋な子たちばっかりなんだから…。」
「ああ、わかってる。」
私はトシの腕をするりと振りほどいて、ヒールを履いてストラップを留めた。
トシはバスローブを羽織ると、冷蔵庫からエビアンを出して椅子の背もたれを前に股がって座った。
「そういや、あの晋作ってバーテン、おまえと同郷なんだってな?」
「ええ…。」
私は窓に映る空をうつろに見ていた。
**
「ちょっと〜ぉ。慎子っ!起きなさいよ!」
「う〜ん、もうちょっとぉ…。」
「アンタ!あたしこれからバイト行くのよ。遅刻できないんだから!それにアンタも今日、土方さんと同伴でしょ?一回家帰って、その酒臭いカラダなんとかしてきなっ!」
そういうと以蔵せんぱいが私の寝ていた布団を引っ張り上げた。
ゴロンとフローリングに身体が転がる。
「いったあ…。」
「ほら!早く顔洗え。一緒に出るわよ。」
「う〜〜〜。乱暴なんだから…。わかりました!」
急いで顔を洗い着替えて以蔵せんぱいとアパートを出る。
「ほら、駅までちゃっちゃと歩く!」
「あ〜、今昼過ぎでしょ?あっつー。」
「新宿は都内で一番暑いのよ。西口に高層ビルがあるから風が抜けないのっ!」
ふたりで職安通りをダラダラ歩きながらも駅まで急いだ。
歌舞伎町を抜けて、靖国通りまで来るといきなり以蔵せんぱいが硬直した面持ちで私の腕を掴んできた。
「Σねえ!ちょ、ちょっと!あれって、晋作じゃない???」
指差した方向を見ると、横断歩道の向こうに晋作さんが女の子と楽しそうに歩いている。
「ん!以蔵せんぱいっ!あ、あれ!こないだの店間違えたとかいう田舎のオカマって子じゃないかしら???」
晋作さんと楽しげに歩いていたのは、この間、京都の岩倉さんの紹介できた名無しちゃんと、入れ違えで間違えて店に来ていた晋作曰く『田舎のオカマ』の子だった。
「…いつのまに?」
思わず以蔵せんぱいと電話ボックスの陰に身を隠してふたりを見つめる。
「いつのまに、あのふたり…あんなに親しげになったのかしら?」
**
「とりあえず昼飯でも喰いに行こうか?何が食べたい?」
「ん〜?晋作さんは何が食べたい?」
「俺?はっは。そうだな…こう暑いとスタミナなくなっちまうから、ガッツリいきたいけど…。」
「あー!だったらとんかつ茶漬け行かない?」
「と、とんかつ茶漬け??」
「うん。凄く美味しいの。キャベツもいっぱい食べられるから健康的だし。この通り渡ったらすぐのとこだから。凄く落ち着ける素敵な店だよ。」
「ふーん。じゃあ、その“とんかつ茶漬け”行くかっ!」
屈託ない笑顔でニッコリ笑う晋作さんは、本当少年みたいに爽やかな人。
あの日…。私たちが初めて会った日。
私はあの「Bar Sithy」に手帳を忘れてしまい、翌日、晋作さんから自宅に電話が来たのだった。
ちょうど土曜日で会社が休みだったので、わざわざ晋作さんが私の家の近くの公園までバイクで届けに来てくれた。
そのあと公園でいろいろ話をして…
私たちはなんだかすっかり意気投合してしまい、今日はふたり…新宿にお笑いのコントライブを見に来ていた。
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靖国通りに、わりと小柄な女子と、もうひとり…筋肉質のガタイのいい男子が電話ボックスの陰にへばりついて通りを見ていた。
「ちょ!ちょっと…ぉ、こっち来るわよ!慎子…あたしもう行くから!」
「あん!待ってよ!ど、どうしよ〜!いやあ!横断歩道渡って…こっち来たあ!」
思わず身を縮こませる、しかし晋作と名無しは会話に夢中で、そんなふたりに全く気付かずに通り過ぎ、そのまま店に入って行ってしまうのだった。
「なんだよ…。眼中ねえってカンジ?ふたりの世界?アホくさ…。俺は行くわ。」
そう言って、以蔵は西新宿の自身が働く会員制のスポーツクラブへ向かって行った。
「わ、私たちって、結構人ごみに紛れちゃうと目立たないのかも…。私、一回、家帰る…。」
慎子も脱力気味にそのまま通りを渡り、家路に付くため東口へと道を急いだ。
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