Bar Sithy
□Bar Sithy
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「ええっと、確かこのあたりだと思うんだけど…」
その夜、私はカナコの書いてくれた地図を片手に、新宿2丁目で目的のお店を探していた。
今夜は会社の先輩の送別会なのに、そんな日に限って仕事でポカをやってしまって残業になり、私だけが後から参加することになったのだ。
「ええっと…黒いドア!あった!」
狭い路地の行き止まりに重厚なバロック風の黒い扉が見えた。
Bar Sithy……。
カナコの送ってくれたファックスは途中でトナーが切れてしまったのか、店の名前は見当たらず『目印!黒いドア』としか書かれていない。さっきから、携帯もつながらないし…。
「は〜、やっと見つかった!」
安堵して扉を開けると、そこに上品そうな紫色のドレスをまとった、長い髪の妖艶な美女が立っていた。
「あ、あの…。」
「ふっ。さっきお電話くださった方かな?名無しさんでしょ?」
「あ…っ、は、はい!///」
中に入ると、お店にいた店員さんやお客さんが一斉にこちらに注目した。
深紅のベルベットのカーテンとガレのランプが灯る店内はピアノのジャズがしっとりと流れていた。
マホガニーでできた大きなテーブルの真ん中に深い群青色の花瓶が置かれ、そこに生けられた大輪のカサブランカから甘い香りが放たれている。
「あ…慎子。この子にお店のこと、いろいろ教えてさしあげて…。もうすぐママとオーナーが見えるから。」
「あ!は〜い。私、慎子っス〜。よろしくぅ。じゃあ、ちょっとこっちに来てくれるっス?」
その慎子という可愛い顔をした明るい女の子は、長い髪をキュートなポニーテールで結い、小花模様の金糸の刺繍が入った可愛らしい黄緑色のサンドレスを着ている。
「じゃあ、ここに座って。」
カウンターの隅っこに一緒に座った途端、その横の控え室らしき部屋から赤い髪の赤いチャイナドレスの大柄な女の人が現れた。
「あ?新人か?あ〜、あったま痛てえ!二日酔いだぜ〜!ちょっと、晋作!お水頂戴っ!」
そう叫ぶと、ドタドタとカウンターの向こうに入って行く。
「ああん!以蔵せんぱい!荒々し過ぎっス!ごめんね〜ぇ?怖いでしょ?あれが以蔵せんぱい。ああ見えてウブで純な人なの。店ではIKKOって呼ばれてるわ。
カウンターにいるのが、バーテンダーの晋作さん。フフ…かっこいいでしょ?でも残念ながらノンケなの。
あと、さっきの入り口にいた人がチーママの桂さん…。
それから、あそこのピアノの前で気怠ちっくに佇んでいるのがタケ・チーさん。
皆にはTKさんって呼ばれてるわ。IKKOさんが凄く崇拝してる人よ。」
慎子さんの指差すほうを見ると、紅い縁取りの濃紺色のドレスをまとった凄い美人が気怠そうにグランドピアノにもたれて、こちらを見ている。深いスリットの入ったドレスから見える脚がこの上なく美しい…。
うわ…!すっごい色っぽい…。
ん!?って、いうかなんか私、誤解されてない???
お店間違えてる気がしてきたんですけど…。
「あ…あの慎子さ…。」
そう言おうとした瞬間、
「あ!ママが来たっ!あれがここの利美ママよ。オーナーの龍馬さんも一緒だわっ!」
と、慎子さんが叫ぶ。
ドアのほうを見ると、薄紫色のとっても高価そうな着物を着て薄茶色の髪を夜会巻きにアップした上品そうな女の人と墨色のスーツを着た、青年実業家風の男の人が入って来た。
桂さんやTKさんも凄い綺麗だけど、その着物の女性も
もの凄いオーラに包まれている。
なんか銀座の一流のクラブのママみたいな人だった。
その人は私たちを見つけると、まっすぐこちらに歩いて近寄って来た。
「ああん!ママが来る〜ぅ。…私、入ったばっかりだし、2丁目じゃまだペ〜ペ〜だから緊張しちゃって、まだ利美ママとまともに喋れないのっ!どうしよ〜!」
怯えて慎子さんが私の腕に可愛いジェルネイルが施された手を当てた。
利美ママという人は私たちの側まできて、私の顔をまじまじと見ると
「ふむ。おまえが京都の岩倉さんの紹介で来た名無しか?よく来た。ここでしっかり働くように!」
と威圧的な低い声で言った。
………。
「返事は?」
突然、ピアノの側にいたTKさんから声がかかる。
「は、はい!よろしくお願いします!」
思わず立ち上がって深々と一礼してしまった。
「まぁまぁ。ママ、まだ若い子じゃ、お手柔らかにな。おんし、初々しいのう。この仕事はまだ浅いのか?女になってどのくらいじゃ?」
Σ!え…仕事って…?やっぱり誤解されてるよ…。
ちょ…ちょっと、ちゃんと言わなきゃ…。
そう思って、カウンターの椅子から降りようとした瞬間、
「あ〜ん!やだっ!土方さまぁ〜!おひさしぶりですぅ〜!」
そう言って、慎子ちゃんがドアに走って行ってしまった。
あああ…どうしよ…。
そう思って、カウンターに目をやるとバーテンダーの晋作さんがそっとカクテルを差し出してくれた。
「喉、乾いただろ?まあ、飲めよ。」
ちょうど喉がカラカラだったから、一気にそのカクテルを飲み干した。
「お…、美味しい…!」
「ははっ!美味しいだろ?ギムレットだ。ウェルカムドリンクだぜっ!」
ああ〜。なんか身体に染み入ってくる…。
「京都の岩倉さんとこの紹介なら、ママも悪いようにはしねえよ。安心して働きなっ!」
にっこり笑うと八重歯が見えて、とっても屈託ない笑顔…。
やっ…やっとまともな人がいた…と思い、誤解を解こうと口を開いた瞬間。
「ちょっと!晋作!新人そそのかしてるんじゃないわよ!アンタ!早速だけど、こっちヘルプ入って頂戴っ!」と言うIKKOさんにむんずと腕を掴まれ連れて行かれた。
奥のVIPルームみたいなところに入ると
「おお!新人か!おい!おまえ、ここに座れっ!」
さっきの土方さんという、IT社長か歌舞伎の御曹司かって、カンジの客が利美ママと桂さんに挟まれ座っていた。
いつのまにか流れていたピアノのジャズは変わり、TKさんが切なげな低音ボイスで歌うシャンソンが流れていた。
「おい、ここ開けろっ!」
土方さんは桂さん側の隣を開けると、ここに座れと指図した。
「ふ〜ん。おめえ、京都の岩倉さんのとこから来たって?名前、なんてぇんだ?」
「…名無しです。」
「そうか!おい、名無し、おめえどっから見ても女だけど、工事はいったい何処まで済んでんだ?」
「…は?」
こ、工事って…?
そう思った瞬間、隣にいた桂さんがいきなり私の胸を服の上から掴んで揉んだ。
「!!!!」
「ふふ…。ちょうどいい感じに入ってますね…。」
「そうか!下はどうなってんだ?」
桂さんはいきなり私のスカートの中に手を入れ、ストッキングの上からあそこを触った。
「…ぃ!」
イヤ!と叫ぼうとした時
「ふふ。こちらも既に、施工済みみたいです。」
と、首筋に桂さんからふっと息を吹きかけられる。
せ、施工って…?
「当然だ。なんと言っても京都では岩倉さんの秘蔵っ子だと聞いている。しっかり奉公してもらわなくては。」
「利美ママ〜!何処までドSなんだよ!よ〜し!おい、名無し!今日は無礼講だ!どんどん飲め!なんでも取っていいぞ!」
「…若社長、お言葉ですが明日はオークラで幹部の朝食会がございます。お酒はほどほどのところで控えてくださいね。」
IKKOさんと慎子さんに挟まれて座っていた、秘書風の美男子さんが土方さんに水を差す。
「うるせー!総司っ!おめーがいるとせっかくのレミーマルタンがまずくなんだろっ!お〜い!今日はちょっと気分を変えてヘネシー開けっど〜!」
「はーい!ヘネシーはいりま〜す!」
「まぁ、ドンペリもいいけどよ。俺はブランデー一本槍だからよっ!あと、kiriのクリームチーズ!こればっか!」
「うふふ〜、お子ちゃま〜。」
「そういえば土方さん、最近なかなか顔を見せなかったのう?相変わらず忙しいんか?」
「それがよー!近藤の親父が最近、俺に早く所帯を持て所帯を持てって、うるせーのよ。まぁ、俺はこっちの世界のほうが肌に合ってるんだけどな!」
「ほほほ。結婚は結婚であろう。それはそれ、こっちはこっちで私や桂のことを忘れずに通ってくだされば、いっこうにかまわんが。」
「だーっはっはっは!おい、たまらんなぁ〜。この利美ママの上から目線!」
「きみ、さっきっから固まってるけど大丈夫?ちゃんと飲んでる?あんまりお酒が飲めないなら言って。遠慮なくウーロン茶でも注文して?」
と、総司さんが私を気遣って言ってくれた。
「ははっ!おい〜?総司!随分お優しいじゃねえか?おいおい!名無し、気をつけろよ!コイツが一番の変態なんだからよ!」
…へ、へんたい!?
「なんたって、こいつぁ〜血ィ見ねえと満足しねえからよー!」
「ふふ…。そういう意味ではIKKOと気が合うんじゃない?ねぇ?IKKO?」
いつの間にか歌い終えたTKさんが、席についてそう言った。
「せ、先生!そんな!私…まだ沖田さんとはお手合わせしていません!」
「がっはっは!そうかそうか!おい、総司!今日はお持ち帰り決定だべ!」
「IKKOの身体に付いている無数の傷を見たら…。ふっふ…さすがの堅物の沖田さんも参っちゃうんじゃないかしら?」
ティティティ…TKさん、怖すぎます…!
「あーん。そんだったら私もっ!土方さんっ!今度、同伴してくださいよ〜!」
「おー!慎子ぉ!かっわいいなあ、おまえは〜♪良し!今度、神谷町まで来い!愛宕神社でお参りして、岡埜榮泉で山ほど大福、買ってやる!」
「わーい。嬉しい!」
「ぼ、僕も大福大好きですけどねっ!」
「おいおいおい〜。総司、おまえ慎子と張り合ってどうすんだよ!あ〜も〜、皆バカッ!大の男が雁首揃えて、み〜んな馬鹿!!」
………!!!
やっぱり、ここ…!
目眩がして思わず席を離れ、トイレに駆け込んだ。
「はぁはぁ…。」
洗面室で顔を洗ってペーパーで顔を拭いていたら、ポケットの携帯電話が鳴った!カナコだった。
『あ〜!やっとつながったぁ〜!もう!いま、何処ぉ?』
「カナコ?新宿2丁目だよね?なんて店っ?」
『えー?w 2丁目なわけないじゃん!3丁目の居酒屋幕末だよ?黒い扉の店っ!』
…やっぱり!
『ちょっと、タクシーでおいでよ!伊勢丹の裏だから!』
私は焦って、トイレから出るとそっと、出口に向かった。
「おい。大丈夫かい?オマエ、普通のOLだろ?」
出口の前で突然、後ろから声がかかる。
振り向くと晋作さんだった。
「実は、さっき本当の京都の名無しって子から、電話が店にあってな。どうやら地下鉄の駅、間違えて降りて新宿を彷徨ってたらしいんだよ。
人違いだって、声かけようと思ったんだけど…。
うちの店、あそこにいるメンバー全員、女が大っ嫌いだからな。お前が女だってわかったら、どうなるかわかんねえからさ。」
「え…でも…あの沖田って人は、まともそうですけど?」
「ははっ!あいつが間違いなく一番変態だよっ!どうせ、土方とデキてんだろうし!」
Σええええー!
「ま、とにかく早く行きな。俺から、さっきのは店間違えた田舎のオカマだって言っておくから。」
「…あ、ありがとう!」
「いいって、ことよ。」
そう、かっこ良く言うと晋作さんは色っぽくウィンクした。
私は大慌てで店を飛び出し、大通りでタクシーを捕まえた。
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あとがき
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