隠し部屋
□指先と唇
1ページ/1ページ
新聞を広げていて、何か違和感を感じた。
撮影までの待機時間。
ロケバスの中にいるのはオレともうひとり。
最後尾の座席に座っている相葉。
…そうか。
違和感の正体。
いつも賑やかなこいつが喋っていないんだ。
さっきまでスタッフさんが一緒にいて、オレが主演していたドラマの打ち上げがオレのスケジュールが落ち着く年明けにあるって話をしていて。
「いいなあ〜。
僕、あの女優さんの大ファンなんスよ!
連絡先とか交換できたりして。
羨ましいなあ」
下世話な振りも笑ってかわす。
「あの子、共演者キラーって言われてるらしいじゃないですか。
櫻井さんも噂になったりして」
「ははっ。あんな綺麗な方と浮き名を流す人の中に名前を連ねてもらえるなら、たとえガセでも光栄ですね」
いつもなら…そうだ。
こういう恋愛絡みの話題には人一倍のスピードでノリノリで食いついてくるはずのヤツが黙って聞いていた。
考えてみたらそこからすでにおかしかったんだ。
そのスタッフさんは今まであんまり一緒に仕事したことがない人だったから、人見知りの相葉のこと、話しにくいのかな。その程度に思っていたんだけど。
「…しょーちゃん」
いつもの舌ったらずの声が話しかけてきて、新聞を畳んで振り返る。
「ー…!」
思わず呼吸を止めた。
離れた場所にいたはずの相葉がいつの間にか真後ろにいて、背凭れを乗り越えるようにしてオレを覗き込んでいた。
オレは…顔色が変わってはいないだろうか?
動揺を悟られてはいないだろうか。
「どうした?」
努めて普段通りの落ち着いた声で答える。
「翔ちゃんさあ…。
ああいう人がタイプだったの?」
なんだ。やっぱり興味があったのか?
だけど何故か、顔が笑っていない。
「さっきのは話を合わせただけだよ。
まあ…実際綺麗だし、気が利くし、さっぱりしたいい子だと思うけど」
「ふーん…」
「…親しくなってホントに付き合えたらラッキーかもね」
気持ちの揺れを隠そうとするあまり、言わなくてもいいことまで口走ってしまう。
無意識に視線を反らした隙に、相葉が隣の座席にすっと移動してきた。
「なに…」口を開きかけた時、更に距離を詰めてくる。
「翔ちゃん、おれのことが好きなんだと思ってた」
「なっ…!」
心臓が縮みあがる。
気づかれてた?まさか…。
オレが、同性を、メンバーを、特別な目で見てるなんて。
目の前のこいつにずっと…恋愛感情を抱いているなんて。
少なくとも本人にはバレていないと思っていたのに。
「な、んで…そんな」
崩落しかけた平常心を言葉を発することで立て直そうとしたのに、声が震えていることに余計に焦る。
「だってさあ翔ちゃん。
ハイタッチとか握手とかよくするじゃん?おれら」
そう言って、相葉の手がオレのそれに重ねられる。
動悸が速くなる。
「で、おれが手ぇ離そうとするでしょ?そん時翔ちゃん、一瞬ぎゅっておれの手握るんだよ。
…ねえ、自分で気づいてた?
離したくないって翔ちゃんの手が言ってんの」
相葉の長い指がするりとオレの手の甲をひと撫でして、恋人同士がするそれのように指を絡める。
相葉に見つめられて、目を逸らすことが出来ない。
「…翔ちゃん。正直に答えてね。
おれのこと好きでしょう?」
「…好き、だよ。
大事な…メンバーだ」
「ちーがーう。正直に答えてって言ったじゃん。
そういう大人な建て前はいらないの」
口調がいつもみたいな子供っぽい感じに戻った隙に視線を外す。
ついでに引っ込めようとした手は強い力で引き留められる。
「おま…っ、手ぇ離せって…」
やだよーと笑って、ふいに悪戯を思いついたように唇の端を上げる。
「んーと、じゃあ聞き方変えよっか。
…翔ちゃん、おれのこと想像して抜いたことあるでしょ」
「ばっ…!」
馬鹿なことを言うなと即座に否定出来なかったことで、逃げ道を失ったことを悟る。
それは…事実だったから。
その手に触れられることを思い浮かべて幾度自分を慰めただろう。
相葉が嬉しそうに笑っている。
カッと全身が熱くなった。
全部を見透かされている。
裸に剥かれたような羞恥にその場を離れようにも、オレはバスの狭い座席に追い詰められている。
「Yes?No?
ちゃんと言ってくんないと…」
相葉の顔が更に近づく。
息を感じられてしまうほど近く。
「ここでちゅーしちゃうよ?」
「……!」
身体を押し退けようと咄嗟に相葉の胸についた手も、ぐっと握り込まれてしまう。
「どうして…」
どうしてわかった?
窒息しそうになるほど押し込めてきたのに。
「翔ちゃんのことなら大体わかるんだよ、おれ。
…例えばここでホントにちゅーしたとすんじゃん?
そしたらきっと人が来たらどうしようとか、今から収録なのにとか、めっちゃ頭フル回転させて考えるけど、しょーちゃんは絶対拒めないんだよ」
ああ…もう。何もかもお見通しなんだな。
相葉の視線を正面から受け止める。
さっきまでからかうようにオレを見ていたくせに。
じっと熱っぽい目に射抜かれそうだ。
あと数センチで唇が触れる。
下手に抵抗してももう無駄だ。
「ん…」
唇が重なった瞬間、すべての音が遠ざかった。
窓にはスモークが貼ってあるから外から見られる心配はないけれど、いつスタッフが来るかわからない。
それでも、一秒でも長くこうしていたくて瞼を閉じた。
相葉がオレをどう想っているのか。
それは優しく触れた部分からなんとなく伝わってくるような気がした。