隠し部屋

□美味しい関係
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人はどんな時に幸せを感じるか。

仕事が充実してるとき。
恋愛がうまくいってるとき。


俺の場合、日々の小さなことで言えば、飯を食ってる時が幸せな時間。

実家を出て何年も経つし、ひとりで食事をするのも慣れたもの。
ひとりで食ったって美味いものは美味い。

だけどやっぱり、誰かと食卓を囲むっていいもんだと思う。




「…なんだよ」

向かい合って座る相葉が、頬杖をついてじっとこっちを見ていた。


「しょーちゃんって、ホントに旨そうに食べるよね」

「…そうか?」


明日はオフで。
何をしようか?どこへ行こうか?
楽屋でパソコンを開いてあれこれ計画を練っていたら、相葉が側へ来て、こそっと耳打ちしてきた。

「ねえ、おれ明日は昼過ぎまで体空いてるの。
今日行っていい?」


俺は無言でパソコンを閉じた。

予定を立てるのを止めたことが肯定の返事だと正しく理解したらしい相葉は、クスッと小さく笑って、去り際に俺のうなじをスッと撫でていく。

ざわ…っと肌が粟立つ。

天然キャラの下には天然のタラシが隠れていることを、何人の人間が知っているだろう。




「なんか天才料理人にでもなった気分だなー」

そう言って相葉は笑う。


付き合うようになってから数ヵ月。
うちへ遊びに来ると、ほとんど使われることのない我が家のキッチンで、たまにこうして夕飯を作ってくれるのだ。


「ウマイよ、ほんとに」

味付けが濃かったり薄かったりするのはご愛嬌。

今日作ってくれた肉野菜炒めは多少コショウが効きすぎてるけど、濃いめの味付けはご飯が進む。

仕事で必要に迫られでもしない限り包丁を握ることのない俺にとったら、食えるものを作れるってだけでもう尊敬に値する。



「ねえ、しょーちゃん。
おれ、しょーちゃんのことすっごく好き」

「ングっ」


テーブルの対面に座る相葉から、突然なんの脈絡もなく発せられた台詞に、飲み込みかけたご飯が喉につかえそうになった。


「ちょっとぉ。だいじょうぶぅ?」

…しれっとお茶を差し出してくるお前のせいで、全然大丈夫じゃねーよ。

お茶を飲んでやっと息をついた。


「何の話だよ、いきなり」

相葉は「ん?」と首を傾ける。


「だから…その、好き、とか」

「そう思ったから言っただけだけど」

「…そりゃどうも」


不器用は自覚してるけど、仕事仲間としての距離から恋人への切り替えが未だにどうもうまく出来ない。

だからそんな真っ向から(しかもいきなり)愛情表現をぶつけられても、どう返していいかわかんねえんだよ…。


俯いて、また少しずつ箸を口に運ぶ俺を、相葉はまだじーっと見ている。


「なんだよ。俺、なんか変な顔してるか?」

「ううん、そうじゃなくて」


すっと手が伸びてきて、唇の端をなぞられた。


「ついてる」


ソースのついた指をぱくんと口に咥える。


「子供みたい。かわいー」

ニコッと笑ってそんなこと言われた日にゃ、女の子みたいにドキンとときめいてしまう。

くっそ…。
この天然タラシめ。


「仕事してるときの真面目な顔も好き。
ふざけて遊んでる顔も好き。
寝てるときの口半開きの顔も好き」

頬杖ついてふふっと笑う。

「でも一番好きなのは、ご飯食べてる顔かな」

「…そうなの?」

「うん」


そんなこと、初めて言われたかも。


「正直で、幸せそうで、一緒に食べてて凄く気持ちがいい」

「…そりゃどうも」


やっぱり素直に「ありがとう」って返せないけど、本当は凄く嬉しい。

"格好いい"より"可愛い"より、長い時間一緒に過ごしてきた相手だからこその誉め言葉。


お前はどんなに忙しい時期でも、いっつも笑顔で「おはよ」って言ってくれるよな。

その表情が、俺は大好きだよ。


なんだかほこほこと幸せな気分に浸っていたら、また突然「あっ!」と声を上げる。


「やっぱ一番撤回!」

「は?」

「いっちばん好きなのはぁ、えっちしてる時のしょーちゃんの色っぽい顔!」


ものすごいどや顔に、手元にあった布巾を投げつけてやった。

 
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