星空の太陽

□1等星
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初めて図書室に行って彼のネームプレートを見たときの衝撃は、今でも忘れられない。
『月原太陽』。
なんて欲張りなんだろう。
天体好きの僕からしてみれば、これ程に強欲な名はないだろう。
一人神々しく輝く太陽と、その光を受けて強かに光る月。
その両方を持っているなんて、贅沢で、欲張りすぎると思う。

「また来たのか、篠中」

そして、この強欲な名を持つ教師に興味を引かれ、日々この図書室に通っているのもまた不思議な話だ。
「僕が来ないと暇でしょう?」
本棚から適当に引き抜いた本は、シェイクスピアのものだった。
古くからそこに置かれていたらしいその本は、背表紙が日に焼けて、題名が読みとれなくなっている。
「まあ、その通りなんだけど」
カウンターの後ろでつまらなさそうにパソコンをいじっているこの人こそ、強欲な名を持つ月原太陽先生だ。
「それに、いつこようが僕の勝手です」
パラパラと本をめくっていくが、文字は頭に入ってこなかった。
「それも、その通りだ」
パソコンから目を離し、先生はカウンターに頬杖をついた。

「しかしお前も暇だねぇ」

さっぱりとした爽やかな顔立ちと、しなやかな筋肉のつく身体。
一見、『図書の先生』というよりも『体育の先生』のようにも見える。
そんな先生にクスリと笑われて、少しだけ顔が熱くなった。
「僕が忙しいのは夜だけです」
それを隠すように俯いて一言だけそう告げた。

「あぁ、天体観測か。続けてんの?」

「まあ、日課なんで」
すると先生は、笑顔になって僕を目の前に座るように促した。
それを言う通りにカウンターの前の椅子に座ると、「へぇー」とその話に乗ってくる。
「今は何の星座が見える?」
「そうですね…まだギリギリ双子座が見えますね。後はこと座も。そろそろ夏の大三角も時期ですかね」
星座の名を出す度に目を輝かせる先生。

(さすがだ…)

神話オタクである先生は、少なからず星座に興味があるらしい。
「そうかそうか。そんなに見えるのか」
その内に神話を語り出しそうな先生に苦笑する。
僕は時間を確認して立ち上がり、手に持っていた本を元の場所に戻した。
「僕、塾の時間なので失礼しますね」
「おう、次は俺に神話の話させろよな」
「わかりました」
ひらひらと手を振る先生にぺこりと頭を下げて、僕は図書室を後にした。

(明日はどうしよう)

何か手土産でも持って行こうかな、なんて。




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