檸檬空

□13
1ページ/1ページ



それは中学3年のときの話。


あたしには好きな人がいた。

野球部でエースだった人だ。

同じクラスでいつも一緒にいて、ただ話をしてるだけで楽しくて、嬉しくて幸せだった。


彼は他の女の子たちとも仲は良かったけど、それでも、1番一緒にいる時間が長かったのはあたしだと、それはあたしを1番好いていてくれているからだと自負していた。


だから、彼が


「もう、俺たち付き合っちゃう?」


と、言ったときは


「…っうん!」


即答するくらい。


でも、この時から彼の態度は急変した。


あたしといる時間は激減したし、他の女の子たちとより親密な空気を作るようになった。


あたしは束縛とか嫌いだったし、何より、彼に何かを言って嫌われてしまう方が怖かった。

それにあたしはまだ彼の言葉を信じていた。


『オレ、高校行ったらお前の為に甲子園行くよ』
『ほんと?』
『うん』


そう言った彼を信じていたかったのに、現実は甘くない。




(やっば、明日提出の宿題プリント忘れてた)


あの日、あたしは忘れ物をとりに、放課後の教室へ向かっていた。

(あれ?明かりついてる…誰かいるのかな?)


「つーか、まじウケるんだけど」


聞こえてきた声に、あたしは立ち止まる。


「えーみょうじさんのこと?」
「そーそー」


彼、と最近仲がいい女の子だ。


「あいつさー、オレが『甲子園行く』っつったの、信じてるんだぜ?」
「だって、"好きな人"の言ったことでしょー?信じたくなるよ」
「オレが行けるわけねーじゃん。だったら女の子たちと遊ぶし」
「ひどーい」


ほんとはそれ以上聞きたくなかった。聞いちゃいけない気がした。

でも、足が動かない。


「しかも、あいつ、オレの彼女ヅラしてくんの!オレ、"付き合う?"とは聞いたけど"付き合おう"とは一言も言ってねーのに」
「さいあくー」
「だって、本命はお前だし」
「えー」


そこまで聞いて、あたしは全速力で走った。本当は泣きたかった。でも、涙は出てこなかった。



それから、彼とは距離を置いたが、彼は全く気にしていないようだった。


(あたしなんて、どーでもよかったんだ)


そう改めて思ったとき、少しだけ、泣いた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ