◇短編小説・読み切り

□それでも優しい彼は
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土砂降りの雨。ジメっとした臭い。肌にまとわりつくような生ぬるい空気。
それの全部を体が嫌がるのは、ただ単に梅雨のせいではなくて。


お前らは受験生だとうるさい担任には何度も言われたけど、あんまり実感が無かった。
6月の半ば。まだ部活を引退していない人が多くて、ついさっき、朝練をしたと思われる野球部の男子がワラワラと教室に入って来てた。そして、皆同じ机にぶつかった。
わざとでは無いなんて、遠目からでも分かる。あそこまでガツガツぶつけられて、気のせいと思う人はいないだろう。



このクラスでは、いじめがあった。


いじめと言っても、普通のいじめでは無い。
俗に言う『村八分』だ。
無いものとして接する。だから机にぶつかっても謝らないし、話し掛けもしない。
悪口は無いのは利点と言うべきなのだろうか。完全に無視されているから、彼は『いない』はずなのに目立っていた。
教室の一番前の、真ん中。そこが彼の席だ。
ことある毎にその机にぶつかり、真面目に勉強をしている彼の邪魔をする。地味だけど、辛いのは言うまでも無いだろう。

さらに質が悪いのは、教師もいじめに参加している事だ。どの教科の先生も、授業じゃ彼には当てない。全く話し掛けない。真面目な彼が質問をしても全て無視。

そうだから、彼を取り巻く雰囲気は、彼自身が発したものではない湿り気があった。

ジメジメとしたいじめ。小学生のいじめとは違い、皆飽きること無くシカトし続ける。

ただ、彼のいじめをあまり良く思わない人もいる。私も含めて。


彼は元々、サッカー部に入っていた。小学校の頃からやっていて、部員数の少ない部だからすぐレギュラーになった。
ルックスも悪く無かった。長身で筋肉がバランスよくついていて、スタイルもいい。性格は優しく明るく、努力家でありながら、面白い。彼は人気者だった。

だから、彼の事が気に食わないで嫉妬した人もいたのだと思う。
それは、先輩後輩を問わなかった。また、八方美人だと決め付け嫌っていた女子もいた。だが、羨望の方がそれより目立っていたので、見えなかった。

彼がいじめられ始めたのは、去年のクリスマスくらいからだろうか。きっかけは、彼が車にはねられ足を骨折し、サッカーが出来なくなったことだろう。いじめのきっかけなんて些末する出来事。彼を可哀想と思う事よりも、彼の特長である『サッカー』が無くなった事を喜んだ馬鹿の方が多かった。

いじめは、一度始まったらなかなか止まらない。
被害妄想をして意味不明なストレスを勝手に溜め込んでいた輩は、最初は抵抗が出来ない彼をリンチしていじめていた。放課後、通院していた彼を狙って目立たないようにしていた。だが、それは数ヶ月で終わり、三年生になってから村八分が始まった。足がまだ不完全なため、サッカーの練習が出来ない。三年生になった彼は、待ち受ける高校受験のために勉強すること以外、やる事が無かったのだろう。明るい彼は消え、笑顔も断片的にしか見せない。しかも、その笑顔は全て入院中に出来た彼の友達に向けてのもの。



悲しかった。寂しかった。辛かった。私が、その笑顔を消してしまったことが。

彼が車にはねられたのは、私のせいだった。
あの日の記憶はよく思い出せないが(精神的ショックである程度記憶が消えているらしい)、私が乗用車に轢かれそうになったあの瞬間、たまたま近くにいた彼が私を突き飛ばした。勿論、彼は轢かれ、血まみれの姿になってしまった。

謝った。とにかく謝った。
彼が骨を折ってしまった事に対して、とにかく謝った。他にも、あの時コンクリートに擦った顔の皮膚が元に戻らないことも。私がきっかけでいじめられ始めたことも。

顔の半分を包帯でグルグルに巻いた彼に、清潔過ぎる病室で謝った。
私の親も、お礼を言いにきた。

情けなくて泣きながら謝った私に、彼は優しく言った。『気にしてないから大丈夫』って。そんなわけが無いと分かりながらも、何もしてやれないのが悔しかった。

そんな事情も一切取り払い、クラスメイトは彼をいじめる。
だけど、止める事も話し掛ける事も出来なかった。私がいじめられるのが、怖かったから。
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