勇者と魔王とその弟妹と


□Prologue
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Prologue

崩れかけた遺跡の、さらに奥。
元々は聖堂として使われていたであろうその場所で、二人の男女が向き合うようにして座り込んでいた。
近くに転がっている細身の剣には血が付着し、周囲には少女の嗚咽だけが響いている。

「世界を騙そう」

少しくすんだ色の銀髪を土埃で汚し、剣を握った右腕から滴る血を拭うこともせずに、青年はそう言った。太陽が輝く青い空を切り取ったような瞳は愉快そうに細められ、面白い悪戯を思いついた子供のようだった。

「そんなこと…できるわけない!」

夜の帳のような黒い髪を振り乱し、少女は首を横に振る。月のような金色の瞳は水気を帯び、彼女が頭を振るたびにぽろぽろと雫がこぼれた。そんな少女の頬を、青年は左手で優しく撫でた。

「じゃあ、君が俺を殺してよ」
「そんなの…!」
「俺だって、君が死んじゃうのは嫌だよ。でも…それしかないんだ」

涙をこぼし続ける少女の目尻に口づけを落としながら、青年は囁く。それを受け入れながら、少女はただ「でも、でも…」と歯切れ悪く繰り返す。
青年の血が、少女が纏う白いドレスを汚していく。その光景を見て、青年はクスリと笑った。自分の血で染まっていく彼女の姿に沸き立つ狂おしいほどの衝動のまま、その華奢な体を抱きしめる。

「俺も君も、ただの男と女だったらよかったのに」

じわりじわりと面積を広げていく赤のように、少女の心も揺らいでいく。白く細い腕が、戸惑いながらも青年の背中に回され、すがるように力が込められる。

「ねぇ…魔王様」

抑えきれなくなった涙が、血と混ざり合いながら床に染みを作っていく。

「俺ね、勇者になったこと…後悔してないよ」
「私も…魔王になったことに、後悔はありません」

二人は見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねた。ただ触れ合うだけのそれを繰り返し、二人は幸せそうに微笑む。

「愛してるよ、俺の魔王」
「私もです。愛しい勇者」

青年の胸に、少女は顔をうずめる。その髪を撫でて、青年は右手に握ったままだった剣を少女の背中に当てた。
冷たい刃の感触に少女の体が震える。不安げに自分を見上げみる少女を安堵させるように、青年は笑ってみせた。

「君の幸せだけを願ってる。例え世界を、敵に回しても」

青年は勢いよく、そこに抱かれている少女もろとも、己の胸を剣で貫いた。
ごぷりと口から溢れた血が少女の頬を彩る。
震える指でそれを掬い、少女の唇に血で紅を指す。

「やっぱり君には…紅が、よく似合う」

誰もいない朽ちた聖堂で、二人は抱き合う。
その姿は、とても幸せそうな恋人同士のようでもあり、決して結ばれぬ恋に踊らされた悲劇の主人公たちのようでもあった。
それでも、そうだとしても―勇者と呼ばれた青年と、魔王と呼ばれた少女は、満足げに微笑みながら、その瞳を閉じた。


こうして、物語は幕を閉じた。
そして、次の物語の幕が開く。

*
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