踏み出す世界は


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泣きじゃくる女の子と一緒に走ってきたベルは俺とチェレンを見つけると、すこし安堵したような顔をした。だけどすぐにキッとした顔になって、俺たちに詰め寄ってくる。

「ねぇねぇ、今の連中、どっちに向かった?」
「あっちだけど……どうして走ってるのさ?」
「あぁもう!なんて早い逃げ足なの!」

チェレンの疑問を完全にスルーして、ベルは憤りを露わにする。
俺はというと…さっきの男を見たムーナがカタカタと震え出してしまっていたので、そちらを宥めるのに必死だ。地面で丸くなってしまったムーナを抱き上げて、大丈夫だよと声をかけながら撫でてやる。昨日の今日だもんな。本当なら人間が嫌いになっていてもおかしくない。それだけの傷を、この子は負ったのだ。
だけどずっとムーナを抱きしめ続けているわけにも行かなくて、ごめんねと言ってボールに入ってもらった。ベルはなんとなく察してくれていたようだったが、傍らの女の子が泣き出したのでそちらに向き直っていた。

「……おねえちゃん……あたしのポケモン?」
「大丈夫!大丈夫だから泣かないで!」
「……あのねベル。だからどうして走ってたんだ?」

スルーされてばかりのチェレンが少しイライラしてる。あ、そうか。チェレンは昨日の…夢の跡地でのこと知らないんだっけ。
さっきの男…プラズマ団が何をしたのか、知らないんだ。
なんとなく俺は状況が飲み込めた。ロージャとヒーヤもボールに戻して、カバンにしまう。グッと足を伸ばして、ランニングシューズのスイッチを押す。
たしか…あっちに逃げたっけ。

「聞いてよ!さっきの連中にこの子のポケモンをとられちゃったのよ!」
「それをはやくいいなよ!トウヤ、」
「うん。わかってる」

チェレンの言葉を遮って、ニコリと笑う。あ、チェレンの顔が引き攣った。

「先に行ってるね」
「ま、待ってトウヤ!一人は危ないよ!!」

シューズの力を借りて、男を追いかける。チェレンの言葉は無視した。
最近はちょっとキレやすくなってるかもしれない。だってあいつらのやっていることは許せない。他人のポケモンをとった?なんだそれ犯罪だろ。トレーナーの常識だろ。わけわかんない。
地下水脈が通っているという洞穴に駆け込んでいく後ろ姿が、かろうじて見えた。何も考えずにそこに飛び込む。中は暗くて、よく見えない。少しずつ目を慣らしていくと、俺はプラズマ団4〜5人に取り囲まれていた。
その中には見覚えのある奴もいた。昨日。夢の跡地にいたやつだ。

「なんの用だ、坊主?わざわざ追いかけてきたよな」
「…お前、昨日のガキか」
「覚えてるのにまたこんなことしてるんだ。もう一発殴ってやろうか」

ねぇ?と笑って見せれば数歩後ずさる大人。情けない。
群れていれば強くなったと錯覚するか。傲慢さを振りかざして自分たちの意見を他人に押し付けるか。そしてポケモンを、人を、傷つけるのか。

「サイッテーだな」

本当は嫌だけど、この人数が相手じゃ俺だけじゃ無理だ。ロージャやヒーヤにも手伝ってもらわないと、ダメかな。
人間同士の問題だから、ポケモンは関わらせたくないなぁ…。

「あ、あんな子供にポケモンは使いこなせない!それではポケモンが可哀想だろ?」
「使いこなせれば、奪いはしないの?違うでしょ。建前なんか振り翳さないでよ」
「このっ!言わせておけば!!」

プラズマ団の一人が、ボールを手にした。それを皮切りに、ほかの奴らもボールを構える。
一体一のルールも無視か。そうなると、こっちの手持ちは3匹しかいないから…。
…ちゃんと、考えてから行動するべきだったなぁ。なんて思っても、後の祭り。

「おまえのポケモンも、我々プラズマ団が奪ってやるよ!」

できることはしようと、カバンに手を入れた瞬間。

「あらあら、子供一人相手に集団で?楽しそうじゃない、」

プラズマ団の背後、水の中から声がした。
いや、違う。
水の上に、少女が立っていた。

「わたしも混ぜなさいよ」

ボリュームのある髪をポニーテールに纏めた女の子。
白のタンクトップに、黒の袖なし上着。動きやすそうなショートパンツのその人は、間違いなく。

「トウコ…姉さん?」

ほぼ無意識で名前を呼ぶと、その人はニッコリと笑った。

「久しぶりね、トウヤ。元気してた?」

多分その笑顔は、さっきまでの俺と瓜二つなんだろうなと、思った。

*
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