踏み出す世界は


□ここは地の底
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勝敗は、呆気なかった。
ボールにポケモンを戻して、「いつも」の口上を述べる。

「大変よい勝負にございました。ですが…今一歩、足りぬようで御座います。それが何かわかったのなら、またお越しくださいませ」

コートの裾を摘まんで、優雅に一礼。これでお仕事はお仕舞い。
挑戦者が降りたのを見送って、私は背後の扉を開けた。

「終わりましたよ、インゴさん」

扉の向こう、第七車両では席に座って煙草を吹かす男性が一人。
彼が私の上司の一人だ。
……てかここ禁煙だ馬鹿野郎。

「おや、早かったですね」
「比較的楽でした。今後が楽しみですね」

私と同じ黒に身を包んだ彼の名はインゴ。ここ、バトルサブウェイに務めるサブウェイボスの片割れだ。

「貴女が誉めると言うことは、骨がありそうですね。何故ワタクシの元に寄越さないのです?」
「もうすこし図太くならないと、せっかく骨があってもインゴさんに噛み砕かれてしまいそうですから」

だから今回は逃がしました、と答えれば、インゴさんは碧眼を僅かに細めた。

「では次は、」
「貴方が楽しめるような挑戦者を見つけますよ。……もうすぐ着きますね」

電車は速度を下げ、関係者用のプラットホームに停車する。
扉が開き、コガネ弁のアナウンスが響く。

「では、私はこれで」
「おや、今日はもう降りるので?」
「はい。この後はデスクワークです。私を引き継ぐのはヒンくんですよ」
「あの若造ですか…まぁいいでしょう。さっさと行きなさい」
「失礼致します」

インゴさんを残して、車両を降りる。
ここはシングルトレインとスーパーシングルトレイン用のホームだ。ここでトレーナーの入れ換えを行い、トレインは再び挑戦者を迎えるために発車していく。

「あ、エメラルドさん!」
「お、ヒンくん。頑張ってねー」

入れ違いになった黒い制服の男の子に手を振り、私は執務室へと急いだ。
先程のトレイン、約2分ほど遅れてしまった。ダイヤを守って皆さんスマイル!が原則なのに。
なにより、それを掲げた人物のもとにこれから行くのだ。これ以上遅れるわけにはいかない。

「…あー、もう。なんでこんなとこで働いてるんだろ…………」

ここは地の底、バトルサブウェイ。
私はそこを纏め上げるサブウェイマスターの補佐官。
…………大して強くない、はずなんだけどなぁ。
脱いだ帽子をくるりと指で回しながら、私は執務室へと繋がる廊下を歩いた。

*
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