剣は誰が為に

□道敷
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幼き頃より、己は他者とは違うのだということを、無意識のうちに理解していた。
負を抱けば、俺は闇を呼んでいた。その闇に触れたものは、皆等しく、病や不運に見舞われた。
逆に正を抱けば、俺は光を呼んでいた。その光に照らされたものは、手に余る程の幸運を、その身に受けた。
いつしか周囲は、俺が負を抱かぬように、恐れと畏怖を持って、接するようになった。
それは、父と母も同じだった。
俺は本来与えられるべき愛情の代わりに、畏怖を注がれて育った。
その環境の中で、感情の良し悪しの区別など、分かる訳もなく。
俺は、感情をいくつか失った、不完全な人間へと成長した。
成長するにつれ理性が芽生え、感情を御する術を覚えても、肝心の感情がないのでは、意味などなかった。

「お前は、黄泉比良坂を下り、そして戻ってきた魂を持つのだよ」

そう、成人の義を終えた俺に言ったのは、一族の長だった。
俺が生まれたのは、サンカと呼ばれる一族で、定住の地を持たず、山から山へと移り住む放浪の一族だった。
寄った村で村八分にされている者や、親に捨てられた子、いわれのない罪を着せられた者たちを引き込みながら、一族は大きくなっていった。勿論、旅の途中で一族を抜けていく者もいる。土地のものと恋に落ちたものや、貰われていく子供などがそうだ。
俺の両親は、二人とも捨て子だったと聞いている。一族の中で成長し、恋に落ち、俺を生んだ。
なぜ捨てられたのかはわからないが、両親は出雲という地の生まれだという。特に母親の方は、代々神巫の家系の分家の生まれだったかもしれないと言われていた。
そして出雲には、黄泉比良坂という坂がある。
そこは、死者の国と生者の地を結ぶ坂道で、俺の魂はきっと、そこから闇を呼んでいるのだと。

「俺は、地獄から逃げ出してきた魂だってこと?」
「わからぬ。だが、黄泉比良坂の底より闇を呼べるのは、その地を統べる者かその眷属のみだろう」
「なんにせよ、俺は地獄の住人ってわけだ」

黄泉比良坂の底にあるのは、根の国。つまりは奈落、あるいは黄泉。
そこを統べるのは、かつてこの世の神々を産み、そして人々を殺すと宣言した女神・イザナミ。
俺は、彼女の眷属なのだと、長は言うのだ。

「…それが本当なら、」

俺は、何を産み、何を殺すべきなのだろうか。
人から生まれた、ヒトならざる者。
超えてはならぬ境界を、超えし者。
この力は遠からず、禍を呼ぶ。そのことだけは、わかっていた。

「俺に、一族を出て行けって、そう言いたいんだろ」

禍が一族に降りかかる前に。
言われなくとも、わかっていた。
ここは息が詰まるほど、苦しいから。

「今まで、世話になった」

世間から居場所がないと言われた者たちがたどり着く、サンカの一族。
成人の義を終えた俺は、そこから追い出されるようにして、一人になった。
与えられた名前も捨てて。
僅かな金と、愛用の弓だけを携えて。

「…あーあ、これからどうするかぁ…」

先の見えぬ暗い未来を、歩むことになったのだ。

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