剣は誰が為に

□白き部屋、黒い世界
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消毒液の香りがする白い部屋に、俺の兄はいる。
UGN傘下のこの病院に、もうかれこれ5年前から入院している。体に異状はどこにもない、だけども彼はどこか異状で、そのためにずっとこの白い部屋に閉じ込められている。
その原因を作ったのは、他ならぬ俺なのだけれど。

「兄さん、俺、夜は出かけるから」

窓の外を眺めながら、俺は兄を呼んだ。景光というのが俺の名で、兄の名は景瑛という。姓は木住野で、俺達は二卵性の双子の兄弟だ。景瑛の方が兄で、俺が弟。幼い頃からそう言われ、そのことを疑問に思ったことはなかった。自分の方が兄なのではないか、など考えたこともない。

「仕事が入っちゃってさ。今の依頼主、けっこう無茶する人でさ」

逆向きにした椅子の背もたれに寄り掛かる姿勢で、俺は答えない兄に話しつづける。背もたれの上で組んだ腕の上に顎を乗せ、病院のベットに上半身をだけを起こしている兄を眺めた。窓の外にある空はもう朱く、30分もしないうちに夜になるだろう。そうなれば俺は【仕事】に行かなければならなくなり、景瑛はこの部屋に一人きりになる。お互い以外の家族を亡くしている俺達にとって、それは堪え難い苦痛だ。だからといって、ずっと景瑛の傍にいるというのも、俺にとっては苦痛となる。家族がいないのも、彼がこの部屋にいるのも、すべての原因は俺にあって、こうしてベットの上にいる兄の姿を見ていることも本当は辛い。だけどもその辛さから目を逸らすことすら、俺にはできないのだ。
何気なく、兄に向けて手を伸ばしてみる。伸ばしたところで、彼に届くわけではなけれども。見えないガラスがそこにあるかのように、俺の手は途中で止まる。触れられない、触れてはならないと、頭のなかで誰かが警鐘を鳴らすのだ。お前如きが触れてはならないと、誰かが言う。

そんなことは、自分が一番わかっているというのに。

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