剣は誰が為に

□白き部屋、黒い世界
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その後、俺と兄を保護してくれたのはUGNの藤崎という人で、俺は連れていかれた施設ではじめてレネゲイドのことを知り、オーヴァードが何なのかを聞いた。非オーヴァードである兄には記憶処理が行われることになったが、俺はしなくてもいいと断った。記憶を消したところで、俺達の家族がもういないことに変わりはないのだし、一度生まれた亀裂は、無理矢理繕ったとしてもすぐに綻びが生じるのだから。それになによりも、兄は言葉を話せなくなってしまった。外傷的な要因は一切無く、恐らく精神的要因のせいだといわれた。その原因はきっと俺にあって、その記憶を消したとしても兄は壊れてしまうだろう。
俺が力を得た代償として失ったのは、日常だ。
いまさらそれを取り戻そうなどと考えることすらできないほどに壊れた日常の象徴が、あの兄の姿なのだ。
それに触れることなど俺にはできないし、触れてはならない。そう戒めたのは、他ならぬ俺自身だ。触れれば触れるだけ、きっと兄は壊れていく。この同族を喰らう蛇の名を授けられたレネゲイドは、今もなお兄を喰らおうとうごめいている。その衝動がいつ俺をも喰らうかわからないのだ、なるべく、兄には触れぬ方がいい。
そう考えた。だから俺の手はいつも空中に止まり、見えない壁を作り出している。それはまるで実験室に閉じ込められた子供が親を求めている様にも見えるし、檻に閉じ込められた動物を羨望する様にも似ている。
あるいは、餌を欲する獣の姿か。
なんにせよ、俺は兄に触れることはできない。できてもしないのだ。
それがきっと、俺に与えられた罰だから。
だというのに。兄は、当たり前のように触れてくるのだ。家族が壊れたあの日も、今も。
空中に伸ばされた俺の掌に、兄の手が重なる。俺よりも少しだけ低い体温は、幼い頃の記憶と重なって心地よく感じた。

「…大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ。心配すんなって」
 
兄は俺より器用だった。勉強だって俺より出来たし、運動神経だって高かった。俺みたいにちゃらちゃらしてなかったし、人望だってあった。
そんな兄は、今、俺のことしか見ていなくて。
心の奥底の何かが満たされる感覚と、心を締め付けられる感覚。その両方を感じながら、俺は腕を下げる。窓の外は、もう暗い。

「行ってきます。兄さん」

足元に出来た影、その中にいるであろう俺の【闇】が、小さく吠えた。

【白き部屋、黒い世界】
 (あんたは光に、俺は闇に)
 (願えど触れることは叶わず)

end
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