剣は誰が為に

□白き部屋、黒い世界
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俺は、気がついた時にはもうオーヴァードだった。
レネゲイドウイルス感染者が覚醒するときには、それなりの心体的ショックがあるらしいのだが、俺にはそれがなかった。だからといって何が変わったか、といわれても、なにもなかった。俺自身、覚醒した当初は自分の力が何なのかも理解していなかったし、それを積極的に使おうとも思わなかった。この力がいわゆる超能力と呼ばれるものなのかもしれないと思ってからは、なるべく隠そうとも考えた。いんちきだと笑われるか、漫画のように何処かの組織にさらわれて利用されるのがオチだと思ったからだ。
それが変わったのは、5年前だった。
覚醒してからそれなりの時間が経っていたので、俺はある程度、この力との付き合いかたも理解し始めていた。ばれない程度に力を使う加減も覚えた。それでも情報というものは何処からか流れ出てしまうようで、俺と、俺の家族は俺が危疑していた通りに組織に狙われた。そして、俺は始めて加減をせずに力を使った。家族を守らなければと、無我夢中で。
結果…俺は兄以外の家族を失った。両親と、2つ下だった妹を亡くした。
俺のなかにあったレネゲイドはウロボロスと呼ばれるもので、他者のレネゲイドを喰う力を持っていた。そしてもう一つ、アヴァターと呼ばれる存在も、俺のなかに力として芽生えていた。それらはレネゲイドを喰い、人を喰らった。俺の意志など関係なく、それどころか止めようとした俺の意識をも喰らって、それらは加虐のかぎりを尽くした。
俺の手元に意識が戻った時にはもう、両親は息絶えていた。妹でさえ虫の息で、襲撃者たちは五体が引き裂かれていた。その中で立っていたのは俺だけで、兄は血に塗れた俺を見て明らかに怯えていた。あのなかで兄だけは無事なのだったのだと安心したのもつかの間、俺はその唯一の生き残りをも喰らいたいという衝動に駆られた。アヴァターを通じてではなく、直接。どうしようもない飢餓が内側から俺を苛んで、戻ってきたばかりの意識を焼き尽くしていく。朦朧とした意識のなか、俺は兄に近づいてその手を伸ばしていた。家族の血に塗れた、その腕を。
その手に、兄の手の平が重なった。至極当然のように、兄の指が俺の指に絡んでいたのだ。そこで俺の意識にかかっていた靄は弾かれたように消え、その代わりなのか俺の瞳からはいくつもの涙がこぼれ落ちた。
それを見た兄は、そっとその涙を拭って俺のことを抱きしめた。兄の服も肌も俺と同様に血に汚れて、その腕のなかで俺は大声を上げて泣いた。そんな俺の髪を撫でてくれていた兄は、お互い以外の家族を失った直後なのにも関わらず、一滴の涙も零さずに優しげに微笑んでいた。
その顔を見て、俺は兄が狂ってしまったのだと感じた。俺の力は、俺の家族すべてを壊してしまったのだ。

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