いとこは幸村くん!
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Side:結衣
夏休みに突入して数日が経過した。
結局休みの日にどこへ出掛けるのかは、提案が多すぎてまとまらなかった為に決まらなかった。
精ちゃんは休みがあるとは言ったものの、なんだかんだ初日以来毎日部活である。
かと言う私は帰宅部で学校に行く用事はないので坦々と課題を消費していた。
それはそうと、精ちゃんはやはりとてもテニスが上手いらしい。
中等部のでは一年生の頃からレギュラー入りして活躍していたと聞くし、三年生の頃には全国大会二連覇という華々しい成績を誇る部を率いる部長に。
高等部へ上がってからも、既に学年に関わらずレギュラーとして活躍している、と知ったのは昨日のこと。因みに、精ちゃん以外にもあと二人レギュラー入りをしている一年生がいるのだとか。
そしてもう時期で言えば、夏の大会が近い頃である。練習の内容は密度を増していくのだろう。
「……あれ」
ふ、と視線をテーブルに移すと、精ちゃんに渡したはずの
お弁当がぽつりと置かれていた。
しまった、渡し忘れただろうか。いや、確かに手渡したはず。
「…精ちゃん、お弁当忘れてった」
普段忘れ物をするなんてなさそうだけれど。そういえば今日は、立海の中等部のほうで練習があると言ってばたばたしていたっけ。
お昼なら忘れていてもコンビニで買えるか。いや、もしかしたら置いてきたことに気づいていないかもしれない。
「届けたほうがいい、よね…」
立海までは電車を使えば十分に行けるし、道もなんとかなるだろう。
それに、精ちゃんがテニスやってるところ見てみたいかも。
…よし。
「立海に行こう!」
そう決めてから、電車に乗って馴れない道を歩いて立海を目指し早3時間。
「…このへんってさっきの人に聞いたんだけどな」
神奈川に来るのは親戚に逢いに行った時以来で、ましてや立海の中等部なんて勿論行ったことがない為場所も見た目もわからない。
精ちゃんに見ればわかるよ、くらいには聞いていたけれど、見ればわかるって一体どんな。
「…あった」
確かに、これは目を引く。
全体的にレンガ造りの建物に、広い敷地。建物自体から伝統が伝わってくるような、そんな雰囲気だ。
やっとたどり着いたとはいえいざ中へ!と思うと、部外者で敷地内に入るのは少し気が引けたけれど、勇気を出して正門をくぐる。
「えっと、まずはテニスコートを探さないと…!」
と思い数分敷地内を歩いてはみるけれど。
広い。広すぎてどこにテニスコートがあるのか全くわからない。
案内板を探したほうがいいだろうか、と考えたその時。
どこからか聞こえてくる、歓声のような、黄色い声のような高い声。
「なに…?」
なんとなく釣られてその声が聞こえるほうへ足を運んでみる。
(…な、なにあの女子ばっかのところ)
黄色い声を発していたと思われる女の子が、それはそれはたくさん。私服の子から制服の子まで、外部からも来ているのだろうか。皆誰かの名前を叫んだりしていて、凄い雰囲気だ。よく見てみるとその中心はテニスコートのようで、一先ずたどり着けたことに安心する。
「でも、なんで夏休みなのにこんなにいっぱい人がー…」
と疑問に思ったのも束の間。
「静かにせんか!」
あたり一帯に響いた男の人の声。
「練習の妨げになるとわからんか!今すぐ立ち去れ!」
そう怒鳴ったのは、黒い帽子を被ったいかにも怖そうな雰囲気の男の人だった。顧問の先生かなにかだろうか。
一瞬の静寂の後、女の子達が残念そうに散っていく。
確かに、練習中にあんなに叫ばれたり名前を呼ばれたりしたら集中もできないだろう。帽子の人が怒るのも最もだ。
数分前とは売って変わって、コート回りに人が居なくなった。
お弁当を届けるなら、今。
「えっと、精ちゃんは…」
「なにをしている」
「きゃ!?」
いきなりの背後からの声に変な声が出てしまう。
ばっ、とそちら側を振り向くと、さっき怒鳴った男の人が立っていた。
「お前もファンの輩か?立ち去れと言ったのが聞こえなかったか」
怖い。凄く眉間に皺がよってるし、この人のほうが遥かに背も高いため、必然と見下ろされる形になる。
「あ、の…私」
「真田、なにやっとるんじゃ」
またいきなり声が聞こえて、今度はまたもや背の高い、綺麗な銀髪の男の人。
「…また親衛隊か。飽きんのぅお前さん等も」
間近で見ると、透き通るようになびく銀髪に日に焼けていない肌。
口元にある黒子がとても色っぽい。
…じゃなくて、もしかしてこれはさっきの人達と同じだと思われてる…?
「おーい、真田に仁王!そっちでなにやってんだよぃ」
おろおろと戸惑っていると、今度は赤髪の人が来て、その後ろにもテニス部らしき人達がたくさん着いてくる。
「ん?なんスかその子」
「真田に怒られとった」
「真田君に怒られても立ち去らないとは…よほど勇気があるお方なのですね」
「ち、がいます」
「ん?」
ぐるりと囲まれるような形になってしまい、しかも殆どが私と20cm近く身長差があるため、圧迫されている感がもの凄い。そして、知らない人に囲まれるなんてことはそうそうないので、単純に怖い。
けれど、私は練習を邪魔したいわけではなく寧ろお弁当を届けにきただけで。
そう、これを精ちゃんに。
「っ精ちゃん…幸村精市さんはどこですか!」
こんな大きな声が出るのか、と自分でも驚くくらいの声。
まわりを囲んでいる人達がぽかん、とした顔をしている。
すると斜め前にいた銀髪の人がクックッと笑いだした。
「そか、幸村のファンか…面白いのぅお前さん」
「てか精ちゃんてなんだよぃ」
「構わん!早くコートから離れろ」
「…待て弦一郎。もしかしたらその子は…」
やっぱり、駄目かも…!
「…結衣!?」
諦めかけたその時、人の間から聞こえる、よく知った声。
「……精ちゃん!」
肩にジャージをはおって、頭にヘアバンドをして。初めて見る格好だったけれど、こちらへ向かってくる人物は確かに精ちゃんだった。
「みんなが騒いでると思ったら…どうしたんだいこんなとこまで!」
「精ちゃんお弁当忘れてたみたいだから届けに…」
「あ…ごめん!それをわざわざ、ここまで?」
「む…幸村、知り合いなのか?」
「前に話しただろう?この子は俺のいとこだよ」
精ちゃんが黒帽子の人達に説明してくれたお陰で、やっと誤解がとけたようで一気に気が抜ける。
「あ、えっと、精ちゃんのいとこの倉橋結衣です」
「おや、貴方があの…お騒がせして申し訳ありませんでした」
目の前の眼鏡をかけた人が一番に謝ってくれた。
「あんたが幸村部長のいとこって子!?ってことは幸村部長の好ー「…赤也?」……なんでもないっス」
天然パーマのようなくせっ毛の男の子がなにか言おうとしたけれどすぐに精ちゃんから何かしら威圧されていた。
何があったのかと精ちゃんにきかれ、今あったことを説明する。
「…ふーん…つまりまた真田が勘違いで結衣を怒鳴りつけたわけだね?」
「うむ…す、すまん」
「そんなんだからお前はオッサンって言われるんだよだから老け顔なんじゃないの、頭固いんだよ。今日も五感奪ってあげようか?」
精ちゃんが一息に言葉を発した後、その場の空気が少し冷たくなった気がした。
それにしても、よいのだろうか、顧問の先生相手に。
「結衣、すまないね真田が…」
「私は全然大丈夫だよ!だってあの先生だって顧問として注意しないといけなかっただろうし…」
「……ぶはッ」
私がそう言った瞬間、まわりにいたテニス部の人達がみんな笑い始めた。
「えっ!?」
「くく…お前さんやっぱ最高じゃ」
「顧問の先生って…!!」
何故そんなに笑っているのかがわからなくて頭に?を浮かべてしまう。
「ふふ、##NAME1#。ああ見えても真田は俺達と同じ高1だよ」
「……えぇ!?」
驚いてる私を見てますます笑いはじめるテニス部の人達。
…あの人が、同い年。
「そうだ、紹介してなかったね。こいつ等が中等部から同じテニス部のメンバー。その銀髪が仁王」
「プリッ」
「そのガム食べてる赤髪がブン太」
「シクヨロ!」
「で、蓮二には気をつけてね」
「…柳蓮二だ」
「そこのハーフがジャッカル」
「よろしくな」
「そこの眼鏡が柳生」
「柳生比呂士です。よろしくお願いします」
「でこいつは今中等部で部長やってる、後輩の赤也」
「よろしくっス!」
「で、この老け顔が真田」
「さっきはすまなかったな」
「これくらいかな」
「へぇ…」
なんだか全員がキャラ濃いというか。さっきは緊張やら何やらでそれどころではなかったけれど、ちゃんと見てみるとそれぞれとてもかっこいい気がする。
さっきあんなにファンの女の子がいたのも頷ける。
やはり、私が知るテニス部の男の人はみんなイケメンばかりだ。
「あ、改めて、倉橋結衣です。青春学園高等部1年生です」
「青学なんか」
「じゃあ先輩っスね!」
「で、なんども言ってる通り俺のいとこだよ」
なんだか、最初はファンの人に間違えられて怒られたり囲まれたりで怖かったけれど。なんだかみんないい人そうだ。
「とりあえず、これからなにかと関わることがあるかもしれませんが…よろしくお願いしますね結衣さん」
「は、はいっ」
精ちゃんが通っている学校のことも、同じテニス部の人達のことも。ほんの少しだけれど、新しい事を知れた。
それにテニス部の人達とも仲良くなれそうで。
なにより少しだけ、知らなかった精ちゃんを知れた。
お弁当、届けにきて良かったかも。
一方。
(………可愛い)
柳生に返事をした結衣の笑顔を見てそう思った立海テニス部の面々。
そして。
「……敵が増えそうだ」
一人そうつぶやいていた精ちゃんを、私は知るはずもなかった。
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