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□今は今
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ーーー悪魔を身に宿した者は、永遠に呪われる。




クロコダイルは寝室から聞こえるうめき声が止んだ事を期に、空いたカップにホットミルクを注いだ。彼には五つ歳下の恋人がいて、今日はその恋人の二十歳の誕生日だった。
時刻はまだ日も登っていない深夜で、夜は相当冷える。似合わないふわふわの室内用スリッパで足音を消したクロコダイルは、自分用にコーヒーを淹れると二つカップを持ちながらソファに座る。腰を落ち着かせたのと、リビングのドアを全裸の男が開けたのは同時だった。

「随分とイイ夢を見てたようだな」
「……」

季節は秋。だと言うのにも関わらずぐっしょりと汗をかいたパートナーにかける軽い言葉とは裏腹に、クロコダイルはソファの隣をあけ温めたミルクの入ったカップ…の前に、柔らかいタオルとシャツを差し出す。いつもならそんな軽口に嬉嬉として返すのがこの男、ドフラミンゴであったが、余程夢見が悪かったらしくむっつりとその大きな口をへの字に噤んだまま、大人しくシャツを羽織りタオルを受け取り、クロコダイルの隣へ腰を下ろす。

暖かな香りのするタオルに顔を埋め、暫く経つと、膜が張る前に緩慢な速度で暖かい用意されたホットミルクを飲み干す。蜂蜜が入っていたらしいそれに、引いた血の気が戻ってくるのを感じる。同じように隣でコーヒーの酸味を舐めていたクロコダイルがそのカップを空にする頃ようやく、ドフラミンゴは一言ぽつりと、こう洩らした。

「ひでぇ夢だった」

揺れる気配。不安と恐怖と、そして自分が自分でないような、妙な高揚感。クロコダイルは隣のあまりに不安定な存在に、それでも尚いつも通り小さく笑いを零す。クハハ。鼓膜を揺らすあまりにも確かな存在にことの他落ち着く自分がいて、ドフラミンゴはようやくそこで計算高い脳みそを使った。

たまたま起きていたか、自分のうめき声で起きてしまったのだと思っていた。しかしそれならばこの高慢な彼が、自分の為にわざわざシャツとタオルを“差し出し”、蜂蜜入りのホットミルクを用意などするわけがない。そう、クロコダイルとはそういう男のはずだった。

浮かんだ疑問、未だ残る夢の残影。そういえば、夢にまで自分は彼を映し出していた。
自分も、彼も、もっともっと、比べ物にならないほど、もっと残虐でーーー


「今は今だ。そうだろう。ドフラミンゴ」


残影に飲み込まれそうになったドフラミンゴの思考を断ち切るようにクロコダイルはそう言って笑った。
名を呼ばれたのは、初めてーーーでは、ない。その唇は葉巻を咥えていない。当たり前だ、そんなもの今の時代吸っている人間またといない。ぐるぐると情報が錯誤する。放心してバタリと太股の上に倒れ込んでしまっても逃げられないし、なんと文句も言われない。満足げな、確信めいたその顔を覗き込んだドフラミンゴは、サングラスなんて日中でしかかけていない。

「誕生日祝いだ、甘やかしてやる」

ドフラミンゴはたまらなくなって、腕で顔を覆った。

きっとこうしてクロコダイルが笑ってくれなければ、ドフラミンゴは狂っていたに違いなかった。それほどまでにその夜見た“悪夢”は、狂気を孕んでいた。
それでも、いや、だからこそ、“また”、ドフラミンゴは彼の隣に立つことを選んだのかもしれなかった。

「なァ、クロコダイル」
「なんだ」
「愛してる」
「クハハ、しょうがねぇやつだな」

首の後ろへ手を回せば、腰を折って顔を近付けさせる。
今彼らには、何の障害だってありやしないのだ。





『死ね、フラミンゴ野郎』
『つれないなァ、鰐野郎』


耳に残る残響は、懐かしき夢の中。

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