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□BESAME MUCHO
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とある陽気な島に寄った時に、あまり聞かない唄を聞いた。大昔のご先祖様とやらが使っていた言葉で紡がれたそれは、情熱的な彼らにとても似合っていた。
ふぅん、その時は多分、そんな風に興味もなさげに頷いたように思うのだが。

いつもの様にふらりと砂の国の英雄様の所へ訪れて、仕事中だのなんだのと青筋を立てる相手を一蹴してから下らない話を一人で勝手にくっちゃべる。その際に、先日行った島で上手かった酒を手土産に持って来た事を思い出して机に乗せた。
一瞬据えられた視線が珍しい物を見るようだったので、行ったことがないのかと喜々として土産話を語る。
その島の女はどうだ、夏島だから暑くて気に入りのコートが着れなかった、たまたま拾った果物が美味かった、等等。
一通り話終わると退屈になったので、ソファに体重を預ける。おれが黙ると部屋にはカリカリとペンが紙をなぞる音だけがして、仏頂面の英雄様はやっと静かになったとでも思っているのだろう、先程よりも眉間の皺が浅い。
ぼんやりとそうやって表情の読みにくい相手を観察していると、不意に教えてもらったばかりのメロディが頭の中を流れて、釣られて口ずさむ。


「〜♪」


聞き流していた為か、上手く歌詞が思い出せない。確か、確かこうで………いつの間にか歌うのに必死になっていく。
そういえば、先程の反応から見てきっと相手はこの歌詞の意味を知らないだろう。率直に言えばきっと殴り飛ばされるだろうそれは、今は異国の言葉に変えられて音を紡ぐ。
フフフッ……意味を教えてやったらどんな反応を見せるだろうか。二度と相手の前では歌えなくなるけれど、照れ隠しのお怒りの表情くらいは見れるだろう。
と、そんな想像をしていたら目の前に陰が射した。
いつの間にか目を閉じていたらしい。仕事が終わったのか、目を開くと相手が目の前にいた。

……………で、

一瞬の無音。クロコちゃん、と口にしようとしたそれは下唇が柔らかく噛まれた事によって阻まれた。
えっ、え?!!
ぽかんとするおれを尻目に、悪人面をした彼は踵を返した。デスクに辿り着いてから、上等そうなコートを翻して葉巻を吸う。
一拍置いて、煙を吐き出して、そうしてから余程おれの面が間抜けだったらしい、クハハッ、彼独特の笑い声が小さく響いた。








「キスして欲しいとせがんだのは貴様だろう?ミスター」


どうにも、この英雄様には永遠に勝てる気がしない。


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