ぼーいず

□馬鹿な女にすべてはやさしい
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「なぁ、帰るぞ」
「なによ、まだ飲めるでしょ。次の店、行くわよ」


黒いシャツの襟を引っ張れば、呆れたように彼は葉巻の煙を吐いた。そのだだをこねる子どもを見るような目が気に入らなかった。だから無理やり近くの店に連れ込んだ。
バーであまり混んでなくて、あたし好みの店。カウンターにさっさと座れば、彼もしぶしぶ隣に座る。


「ジン、ちょーだい」
「酔ってんのにさらに酔う気か」
「あたりまえでしょ」
「馬鹿か」
「ヒナ心外」


小さなグラスに注がれたそれをぐっ、と飲み干せば頭がくらりとした。溶けるような、感覚。仕事ばかりの女に街と酒はやたらと優しく、甘い。


「あたしだって、飲みたくて飲んでるわけじゃないのよ」
「は?」
「マスター、もういっぱい」


隣からは葉巻の匂いが消えない。それは安心であるけれど。呆れながらも、普段とは全然違う馬鹿な女の隣にいてくれているということだから。
あたしは、馬鹿。こうして彼を連れ出して、飲んで、どうかなることを期待して。こうしてみっともないところを見せて。
それでも街で彼を連れ出して飲み歩くことはやめられない。仕事のストレスとか、―好きなひとのこととか。それがどうにもならなくて、悔しくて、辛くて。
それを忘れる為に、好きな男をを連れ出して酒を飲むことぐらい、

「許してよ」
「あ…?」
「だっ、て、どうも、ならないんだもの」


あたしは本当に馬鹿だった。酒のせいにして泣いて、本当みっともない。
おさめようとすればするほど、ぼろぼろ零れてそれはなかなか止まらない。彼が一番嫌いそうな、面倒くさい女だった。馬鹿だった。


「ヒナ」
「あた、し、だっ、て」


彼の煙で燻された低い声が響く。
もう消えてしまいたかった。馬鹿な女。本当に馬鹿な女。嫌われたも同然だった。何だかんだでみっともないあたしの傍にいてくれた彼はきっと帰ってしまうだろうと思うとまた泣けた、けれど。

隣から聞こえたのは席を立つ音ではなくて。いつもどおりの葉巻の煙を吐く音。そしてあたしの頭に乗った固くて無骨な、温かい手。

それがせっかくセットした髪をあまりに不器用に、優しく撫でるものだから、あたしは余計涙が溢れてしょうがなかった。






馬鹿な女にすべてはさしい


(好きなの)


(そんなあなたが、好きで仕方ない)


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