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□取捨選択
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「そ、そういうチェスターだって変なこと考えてるんじゃないのか!?」
「なっ‥‥た、例えば何だよ?」
「修行とか言って人気のない所に連れていって」
「人の多い場所で弓なんか射てねぇだろ!」
「それで木に押し付けたりとかして、抵抗出来なくさせて色々するつもりなんだろ!」
「アホか! その場合木に押し付けんじゃなくて茂みに押し倒すのが普通だろ!?」
何が普通なんだ、何が。
そう思いはしたが、口に出したらドツボに嵌まりそうな予感がしたため黙っておく。
「どっちでもいいよそんなの! きっと精霊とか喚べないように両手縛ったりついでに目隠ししたりして」
「そういうマニアックなのは何度かやってからするもんだろ!?」
「押し倒してクラースさんが抵抗出来ないのをいいことに服の中に手を入れたりして、外なのを理由に色々言葉責めとかしながら恥ずかしがる可愛いクラースさんにあんなことやこんなことをするつもりなんだろ!?」
「待てよ、俺だって順序くらい弁えるぞ! いきなり最後までなんかいくわけねぇだろ!!」
ということはつまり、いずれは最後までいくつもりなんだな?
そして最終的には、両手を縛ったり目隠しをしたり挙げ句言葉責めまでするような領域にまで達する予定なんだな?
悪いなチェスター、お前との約束も取り消しだ。
クレス同様こちらにもあくまで心の中だけで断りながら、クラースは自分の左腕を両手でしっかりと掴む少年へと視線を向けた。
弓術士らしいきりりとした鋭い目は少しキツい印象を与えがちではあるが、クラースから見ればまだまだ幼さの残る子どもである。
自分と一緒に修行をしたいがためにムキになるだなんて可愛いところもあるものだと思っていたのだが、よくよく聞いてみればその内容はクレスと似たり寄ったりの異常さだった。
この歳になって、しかも男である自分が、何故同じ男相手に、しかも十以上も歳の離れた少年相手に貞操の危機を感じなければならないのか。
自分が置かれた状況のあまりの情けなさに、クラースの心中は怒りを通り越していっそのこと泣きたい気分ですらあった。
一体いつから自分はそういう目で見られていたのだろうか。
第一に彼らはそれぞれ、ミントとアーチェとそういう仲に発展中なのではなかったのか。
そうではないとしても、きちんと仲間内に同じ年頃の可愛らしい少女がいながら、何故自分がそういった対象にされてしまうのか。
疑問は次から次へと浮かんでくるが、聞いたら聞いたで落ち込みそうな予感がしたためクラースはそれらを自主的に強制消去することで終わらせることにした。
「じゃあ、クラースさんに選んでもらおうよ」
「そうだな、最初からそうすりゃ良かったんだ」
「というわけでクラースさん、僕とチェスター、どっちがいいですか?」
「えっ‥‥!?」
突然話の矛先が自分へと向けられ、クラースは目を丸くして狼狽えた。
正直なところ、これ以上二人の話を聞いていたら一緒に旅を続けられなくなりそうだという不安と恐怖から、彼は全てを聞き流す体勢に入っていたのである。
その矢先にいきなり話の輪へ、それも絶対に入りたくない内容の話の中へと引き摺り込まれ、彼の精神は本格的に追い詰められた。
どのくらい追い詰められているかというと、例えば今誰かが救いの手を差し伸べてくれたなら、相手がたとえダオスであってもその手を取るだろうと誰に言うでもなく頭の中で説明してしまうほどである。
「いや、その‥‥どちらと言われてもな‥‥」
「クラースさんが選んで下さい」
「そしたら俺達も納得出来るからよ」
至って真剣な表情でまっすぐ自分を見つめてくる二人の姿に、クラースはこの若い青年達の希望に満ちているはずの将来が心配になってしまう。
しかし今現在危機に晒されているのは、彼らの数年先の未来ではなく数分後の自分の行く末である。
正直、どちらも選びたくない。
というかもうこの場から消え去ってしまいたい。
そんなクラースの内心をまるで悟ったかのように、クレスが彼の右手を両手で優しく包み込み、そっと自分の胸元へと引き寄せた。
それとほぼ同じタイミングで、チェスターが指を絡めるようにして彼の左手と自分の右手を繋ぎ、ぐいと力強く引き寄せる。
「クラースさん、僕を選んでくれますよね?」
「旦那、俺を選ぶよな?」
それはまるで愛の告白のように、熱を帯びた真摯な二つの眼差しがクラースを捕らえ、どこか甘えるような響きを孕んだ優しい二つの声が彼の鼓膜を震わせる。
大地のような暖かさを持った鳶色の瞳と、清流のような清らかさを持った浅葱色の瞳と。
異なる二つの色に映り込んだクラースは、暫く逡巡するように黙り込んだ後、ゆっくりとその決断を口にした。