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□表と裏
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「クラースさん」
「ん?」
「白の反対は、何だと思いますか」
突然の僕の脈絡のない質問に、彼は暫しきょとんとしてこちらを見つめていた。
そんな子どものような表情がどこか似合っていて可愛いだなんて、彼に聞かれたら怒られそうなことを考えながら答えを待つ。
無言を催促と受け取ってくれたらしい彼は、まだ不思議そうな表情は変わらないまま、それでもやがてきちんと答えをくれた。
「‥‥まあ、普通に考えたら黒だろうな」
「クラースさんは違うと思うんですか?」
「いや、私も黒だと思うが‥‥それが果たして正解なのかどうかは分からないからな」
そんないかにも彼らしい回答に、僕は思わず感心して感嘆の声を漏らしてしまう。
少なくとも僕は白の反対は黒だと信じきっているし、自分のこの感覚を疑ってみようと思ったことすらない。
やはりこの人は、僕なんかとは頭の使い方や思考の深さが違うのだ。
それでも、こんな誰に聞いてもほとんど同じ答えが返ってくるだろう事柄ですら、僕と彼が同じ感覚を持っているということがどうしようもなく嬉しかった。
調子に乗った僕は向かい合うようにもう一つのベッドに腰を下ろし、未だ質問の意図を探るようにこちらを見つめている彼へと身を乗り出した。
「クラースさん、ちょっとゲームに付き合ってもらえませんか?」
「ゲーム?」
「簡単な、連想ゲームです。正解かどうかじゃなくて、クラースさんの感覚で答えていって下さい」
夕食までの暇潰しだと思って。
そう理由をつけて笑顔を浮かべながら賛同を求めると、何だかんだで人の良い彼はすぐに頷き、その意思を示すように僕と同じようにこちらに身を乗り出してくれる。
少し前屈みになったことでいつもより隙間の空いた胸元は、極力意識しないことにした。
「じゃあ、赤の反対は?」
「正式には緑だが、世間的な見解からすると青だろうな」
「空の反対は?」
「地面か?」
「雨の反対は?」
「‥‥雪かな。いや、晴れか? ‥‥いや、雪にしておこう」
「太陽の反対は?」
「月‥‥この場合どちらの月かと聞かれると難しいところだが‥‥」
「じゃあ、魔術の反対は?」
「剣術や体術といった類かな」
「お湯の反対は?」
「水」
「林檎の反対は?」
「また妙な選択をするな‥‥‥そうだな、オレンジあたりか?」
「ナイフの反対は?」
「フォーク」
「ベッドの反対は?」
「冷たい地面で寂しく野宿、だろうな」
「パイングミの反対は?」
「レモングミ」
「テーブルの反対は?」
「椅子」
「魔術書の反対は?」
「そうだな、魔術書も立派な学術文献‥‥そうなると漫画だとか、そういった娯楽のための書物か」
「夕焼けの反対は?」
「朝焼け」
「木の反対は?」
「草‥‥いや、花だな」
「ブッシュベイビーの反対は?」
「ブ、ブッシュベイビー? ‥‥そうだな‥‥強いて言えば‥‥鳴き声から分類すると犬か?」
頭に浮かんだものや目に入ったものを、手当たり次第に次々と並べていく。
彼は嫌な顔一つすることなく―――むしろほんの少し楽しそうにも見える様子で、時々悩みながらも全てに彼なりの答えをくれた。
その全ては概ね僕が思い浮かべるものと同じで、いくつもの感覚の一致が嬉しくて堪らない。
次は何を聞こうかと題材を探すために辺りを見回して、けれど僕の視線は目の前のある一つのものに釘付けになった。
カーテンが開けられたままの大きな窓から、ほとんど沈みかけた太陽の最後の輝きが部屋を染め上げるかのように押し寄せる。
名残惜しさを表すかのような濃いオレンジ色の温もりに照らされて、それを背にして座る彼の銀の髪がキラキラと輝いて見えたのだ。
それはまるで遠い月のような、一瞬の流れ星のような、とても地上にいる僕なんかには手も触れられないもののように思えて。
まるで夢のようにあまりにも綺麗で、僕は知らず息を呑んだ。
「‥‥‥クレス?」
ふと、視界の中に心配そうな色を浮かべた同じ色の瞳が飛び込んでくる。
視線だけでなく意識まで奪われていたことに漸く気付き、慌てて何でもありませんと首を振った。
すぐに本来の目的を思い出し、彼に怪しまれないためにも早く次の質問を考えようと視線を巡らせて。
ふと浮かんだ『質問』に、僕の思考は再びピタリと停止した。
それは、僕が一番聞きたくないもの。
そして、僕が何よりも、一番に聞きたいもの。