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□表と裏
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そんな彼を見ていると自分のこの想いやそれに不随する欲望がどれもひどく汚らわしいものに思えて、何か話題を変えようと部屋の中に目を走らせた。

(‥‥‥あれ?)

ふと、窓際のテーブルで視線が止まる。

上に乗っているのはさっき見た時と同じ、読み掛けの分厚い本と、幾つかの契約の指輪。

けれど僕の目が留まったのはそれらではなく、その傍らに置かれている白いクロスだった。

あのクロスは初めて見るものじゃない。

彼は契約した精霊達をとても大切にしていて、一日に一度はその媒介であり確固たる絆でもある指輪を丁寧に磨いている。

その時に使っているクロスだと、何度もその光景を見ている僕にもそれはすぐに理解できた。

けれど、僕にとっても見慣れたものであるはずのそれが、今日はいつもと違っていたのだ。

「‥‥随分、可愛いの使ってるんですね」

思わず口を突いて出たのは、あまりにもそのままな感想だった。

畳まれるでもなく無造作に置かれたそれは四隅の一つがテーブルからはみ出してこちらへ見せつけるように下へと垂れ下がっていて、そこには綺麗な青や紫で幾つもの花が刺繍されていた。

どう考えても彼の趣味とは思えないそれにも驚いたけれど、彼が持っている姿を想像してみると意外と違和感がなくてもっと驚いた。

一方のクラースさんは僕の言葉に不思議そうな表情を浮かべたものの、僕の視線を辿るように同じく窓際へと顔を向けて意味を理解すると納得したように頷いた。

「あぁ、あれか? ミントがやったんだ」

「ミントが?」

「まさか私の趣味だと思ったわけじゃないだろ?」

苦笑混じりにそう言って、ゆっくりとテーブルへと歩み寄る。

夕日を反射してそれぞれに輝く5つの指輪は本当に綺麗で、何となく、持ち主である彼が近付いてくることを喜んでいるように見えた。

やがて戻ってきた彼の手にあったのは、けれど指輪ではなく、その傍らに伏せていたあのクロスで。

「よく出来てるだろう?」

そう微笑って広げられたクロスは、さっき見えた一隅だけじゃなく、四隅全てに同じように青や紫系統の色を使って可憐な花々が刺繍されていた。

確かに花柄ではあるけれど、落ち着いたその色合いのせいか、それともクラースさんが持っているからなのか、やはりあまり違和感が感じられないのが不思議だった。

「ミントらしいというか、どうせなら何か飾りがあった方が精霊も喜ぶだろうと言ってな‥‥最初はさすがに断ったんだが、アーチェと一緒になって押されて‥‥」

その言葉に、ミントとアーチェの二人に同意を迫られて狼狽える彼の姿がすぐに脳裏に浮かぶ。

というのも、この旅の中で既に何度かそういった場面を見ているからだ。

勿論それは僕にも当てはまる―――というより、クラースさんと比べたら明らかに僕の方が多いだろう。

「アーチェもやったんですか?」

「まさか。あいつにこんな細かい仕事が出来るはずがないだろ?」

ミントがやるのを興味深そうに隣で覗き込んでいたよ。

そう言って、その光景を思い出したのか優しく目を細める。

ミントが座り込んで熱心に刺繍をする姿と、それを隣に座って飽きもせず見つめるアーチェの姿。

女の子らしいその光景は想像するだけでも微笑ましくて、実際にそれを見たわけではない僕も思わず口元を緩めてしまった。

「で、精霊達はどうでした?」

「ああ、シルフは見るからに嬉しそうだったぞ。ウンディーネも気に入ったようだ。まあ彼女達なら分かるというか、予想通りなんだが‥‥‥これが案外、ノームやイフリートにも好評でな。マクスウェルもどことなく機嫌が良い」

「へぇ‥‥精霊もあまり人間と変わらないんですね。やっぱり女の子の刺繍入りだと嬉しいんだなぁ」

「一番羨ましいと思ってるのはお前なんじゃないか?」

「えっ‥‥べ、別にそんなことないですよ!」

そりゃあ男として、ミントのような可愛い女の子が自らの手で刺繍したクロスに惹かれないといえば嘘になる。

そういう意味での単純な気恥ずかしさで乱れた声を、けれどクラースさんはどうやら別の意味に取ったらしい。

照れるな照れるな、なんて笑いながらバシバシと背中を叩いてくるものだから何だか悲しくなって、その手から逃れながらこっそりと溜め息を吐いた。

クラースさんが言うような意味でも、確かに僕は精霊達が羨ましい。

けれどその理由は、羨望の対象は、彼が考えているようなものとは全く違うものだ。

きっと、いや間違いなく、彼が気付いてくれることなんてないだろうけれど。

「最初は赤やピンクでやろうとしていたんだぞ。全く、私が持つということを分かっているのか何なのか‥‥」

ベッドに腰を下ろしクロスをひらひらと弄びながら顔を顰める彼の言葉は、けれど意識に触れないまま僕の中を通り過ぎていく。

彼の指先を隠したり覗かせたりしながら揺れる真っ白なクロスを見つめている内に、僕は自分でも無意識のまま誘われるように口を開いていた。





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