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□表と裏
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抱えたいくつもの袋はどれもいっぱいまで商品が詰められていて、自分で言うのもなんだけど絶妙なバランスで以て均衡が保たれている。

それを崩さないように細心の注意を払いながら肘でドアノブを押そうと膝を曲げると、まだ触れていないのに突然それがガチャリと下がった。

驚いて顔を上げた先でドアは内側に向かってゆっくりと開かれて、その更に先には綺麗な銀の髪を持つあの人の姿があった。

「‥‥‥‥?」

ドアに対して平行になり膝を中途半端に曲げているという僕の妙な体勢を理解しかねたのか、彼―――クラースさんが不思議そうに目を丸くして瞬きをする。

その銀色の瞳に映っているだろう自分の格好を想像するととにかく恥ずかしくて、僕は慌てて立ち上がり誤魔化すように無理矢理笑ってみせた。

「あ‥‥今、帰りました。遅くなってすみません。‥‥あ、すみません、邪魔ですよね」

「‥‥あぁ‥‥いや、ドアの向こうに人がいる気配がしたから、お前が帰ってきたのかと思ってな。‥‥まったく、ドアを開けるくらい何でもないんだから遠慮なんかするな」

部屋を出ようとしたのだろう彼の邪魔にならないように道を開けると、そう言って困ったように微笑いながらくしゃくしゃと頭を撫でられる。

次いで自然な動作で僕の右手を塞いでいた荷物を取り上げると、彼はそのまま部屋の中へと戻っていった。 

けれど僕は、湧き上がってきた胸の奥を擽るような何とも言えないむず痒さに気を取られてしまって、その後に続くことが出来なかった。

彼に触れられた髪から、じわじわとした熱が頭を伝って顔や胸に集まってくるようで。

熱くて、擽ったくて、不快なような、心地好いような。

「‥‥‥‥クレス?」

あっという間に胸から枝を伸ばして身体中を支配していくその感覚を振り払うように頭を振ると、少し遠くから彼の訝しむような声が聞こえてくる。

名前を呼ばれたことで反射的に目を開けると、支えのなくなったドアがゆっくりと元の位置へと戻ろうとしているところで。

鼻と額がぶつかる寸での所で空いている右手を突き出して、もう一度開いたドアから今度こそ僕も部屋の中へと足を踏み入れた。

「こんなに重いものを両手では、さすがのお前でもキツかっただろう? すまなかったな」 

僕がぼうっと突っ立っていた理由を疲れと取ったらしく、既に荷物を机に広げて仕分けを始めていた彼はそう言って申し訳なさそうに眉を下げた。

そんな風に思わせてしまったことが申し訳なくて、僕も彼に倣って抱えていた袋を机の上に置きながら否定を込めて手を横に振った。 

「いえ、そういうわけじゃないんです。少し考え事しちゃって‥‥気にしないで下さい」

もともと、心配してくれる皆を宥めて一人での買い出しを買って出たのは僕自身だった。

ミントとアーチェは度重なる戦闘と野営とで明らかに疲れ切っていたし、クラースさんも何も言わないもののやはりその表情には疲労の色が濃く、とにかく三人には早く休んでもらいたかったからだ。

ミントとアーチェの部屋の前を通った時は静かだったから、恐らく二人とも久しぶりのベッドでゆっくり休んでいるんだろう。
(起きている時は二人は大抵楽しそうにお喋りをしていて、特にアーチェの声はそのほとんどが部屋の外まで聞こえてくる)

けれど部屋の中をざっと見回して、僕は二つあるベッドが両方とも綺麗なままであることに気付いた。

同時に、窓際に置かれた小さなガラスのテーブルの上の、開かれたままの分厚い本と幾つかの指輪にも。

「クラースさん、お疲れだったんじゃないですか? 先に休んでもらってよかったのに‥‥」

僕の言葉に、彼は何故か決まりが悪そうに視線を泳がせる。

僕は何か、おかしな事を言っただろうか。

浮かんだ疑問のままに首を傾げると、クラースさんはあーとかうぅとか呻いた後、恥ずかしそうに小さな声で話し始めた。

「いや、その‥‥十も離れた子に一人買い出しを任せておいて、仮にも最年長の私が暢気に休んでいるのはどうにも気が引けてな。‥‥尤も、だからといってこうして部屋で起きていたところで、何らお前の助けになれるわけじゃないんだが‥‥」

僕に言っているというよりは、何となく自分自身に向けて言い訳をしているような響き。

それでもその言葉は僕をとても幸せな気持ちにさせてくれるもので、微かに感じていた疲れも一気に吹き飛んでしまうような気分だった。

それなのに、そんな僕の状態を知ってか知らずか、クラースさんは更に僕を舞い上がらせるような言葉をくれる。

「だからせめて、お前が戻ってきた時に迎えてやりたかったんだ」

そう言って、少し照れ臭そうに微笑んで。

そんな彼の姿に何かが胸の奥底から勢いよく込み上げてきて、思わずその衝動のまま抱きついてしまいそうになるのを必死に押さえ込む。

そうしてやっとの思いで、僕はどうにか無難な、いつも通りの笑顔を浮かべることが出来た。

「ありがとうございます、クラースさん」

僕の内心の葛藤なんて知る由もない彼は、僕の言葉に嬉しそうに目を細めて微笑んでくれる。





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