薄桜鬼夢録

□土方歳三夢録【清水の縁結び】
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古より、清き水の流れる山。その中腹に、一つの寺がある。一華はその寺が好きだった。


清水の縁結び【土方歳三夢録】


「おいお前!あまり調子にのるんじゃねぇ…」

呆れた声が、一華の背中に飛んできた。

「副長!疲れましたか?」

「お前のお守りに疲れた。屯所に戻る!」

「え!来ばっかりじゃないですか!」

久々の非番。
一華は大いにはしゃぎ、一通り洛中で物見遊山を楽しみ、清水寺の近くまでやってきた。

彼女に自由にできる金子はちろんないが、自由に出歩く事も許されていない。
故に、鬼の副長・土方の監視下で出歩く事を楽しんでいたが、土方が既に帰りたくて仕方のない様子だった。
彼の事だから、まだたくさんの仕事を残してきたに違いない。
一華は少し申し訳なくなって、土方に歩み寄り、労いの眼差しを向けた。

「副長が忙しいのは重々承知しています。なので、清水寺を見たら帰ります」

「承知しているくせに、俺に労力を使わせる気たぁいい度胸だな…」

清水寺は坂の先にあり、さらにそこから階段を使い、本尊を拝みに行く。
この寺は、観音の意思を継ぎ、僧侶が築いた寺院といわれ、寺院内に清らかな音羽の滝を有することから「清水寺」と呼ばれている。

「鬼の副長ならば、こんな距離は問題ありません」

「俺は人間だ。お前と一緒にするな」

と、ぶつぶつ言いながら、山門に続く階段に差し掛かった。
土方は一際深いため息をつき、眉間に皺を寄せた。
なんだか自分の前では、こんな表情しかしない気がすると、一華は思った。

「ほら!獅子が私たちのように笑って参拝しましょって言ってますよっ」

一華が指を指す先に大きな狛犬がいて、二匹ともあんぐりと口を開けていた。

「めでたい奴だな、笑ってるように見えるなんざ…」

「本当です。坂や階段がキツイケド、笑ってお参りしようって…普通の獅子は阿吽の型で片方が口を閉じてますが、清水寺の獅子たちはあえて二匹とも阿の型なんですってば!」

「そ…そうなのか?」

じっくり見てみると、口をあける姿を見て、一華の話に納得をした。

「お前、ここは詳しいのか?」
「私たち鬼に縁のあるお寺です。当然です。」

「は?」

「登ってみればわかりますよ」

詳しいのか?と聞かれた時、土方の表情が緩んだ。
一華はそれを見逃さず、無理矢理土方を本殿に引っ張って行く。

「おい待て」

「こっちです!」

「…!」
階段を登りきり振り向くと、土方たちの目前には京の都が広がっていた。
高台から見下ろす京は、きちんと区画され、碁盤の目の如く配置されている。
土方たち、新撰組が守る、王城。

「こりゃ驚いた…」

自然に土方から感嘆の言葉がもれた。

「ここは絶景ですから」

「お前、よく知っていたな」

「だいたい京の人間ならば知っていますよ。やっぱり、副長たちは江戸の人ですね〜。こっちに来て見る暇がなかったですか?」

「俺たちにそんな余裕はなかったからな…。へぇ、いい眺めじゃねぇか。黙々と京を守っていただけで、こんな景色を見落としちまってたのか…」

一華が土方をそっと見ると、彼の眉間から皺が消え、とても穏やかな顔をしていた。
その横顔が整いすぎていて、一華は景色よりも目を奪われた。

「わぁ…役者さんみたい…」

「…何か言ったか?」

「あっ、いえ!その…土方さん、いつも眉間に皺寄せているから、それがないと不思議だなって見てました。良かった、いつもそんな顔じゃ疲れますし、心配でした」

「皺?」

土方はつい眉間を撫でていた。自分はいつもそんな顔をして一華に接していたのかと気づき、彼女に申し訳なくなった。

確かに、世の情勢が揺れ動く中、一華のような鬼に関わっている事は面倒な事だが、一人の隊士として、女としての一華を考えると、不憫な思いをさせていると思った。まして、接している自分が硬い態度ではなおのこと。

「お前に心配されるたぁ、俺も落ちたもんだな…」

「え?」

「おい、清水寺と鬼の縁ってのは何だ?」

「あ、はい。清水寺を資金的に支えた坂上田村麻呂という武人がいて、その方は伊勢の鈴鹿の鬼女と結婚したのだという話があります。鈴鹿御前様は、鬼でありながら、人である田村麻呂を愛しました…だから、そのお話が素敵だから、私はここが好きなんです」

「ほぉ。鬼と人がか…」

澄んだ瞳が一華に向けられた。一華は思わず目を背けてしまった。

「それに、この山の清水には縁結びの効能があると、京の女の子の中じゃ有名な話です」

「だったら、俺たちも結びに行くか」

「へっ?」

土方がふいに立ち上がり、滝を探しに歩き始める。

「お…鬼と人が結婚というのは、あくまでも伝承で!」

私と副長がという訳では…一華が赤面しながら力説している言葉に被せて、土方が笑う。
「馬鹿。縁結びってぇのは男女の間での事が全てじゃない。お前は新撰組に入ったんだ、隊士との絆は重要だからな」

あくまでも副長と隊士としての縁結びであると土方は告げた。

「…なんだぁ…」

安堵と少しの切なさが一華の胸をよぎった。
それを知ってか知らずか、土方は一華の隣に立ち、呟く。

「いい気分転換になった。」

「え?」

「お前は俺より京に詳しいらしい。またこうやって話せ。鬼の伝承は興味深い。良い俳句も思いつきそうだからな…」

「はい…!」

一華は土方と距離が近くなったと感じた。
屯所に帰るまで、彼の眉間に皺は現れなかった。


清らかな水は、人の心を洗い、その流れは縁を結ぶ。
たとえ、人ならざるものであれど、泡沫の夢を水面に垣間見せてくれる。


*********
京都に向かうバスの中で思いついちゃいました!でも書いてて酔った(笑)
清水寺は本当に歴史も景色も興味深い所なのでオススメ★土方さんのキャラがあんま掴めてないのは水に流してください♪

2010.10.10小菊

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