薄桜鬼夢録
□斉藤一夢録【まずは知ること。】
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彼岸花の別名――。
幽霊花、死人花。
根を食せば死ぬことから、昔から“死”を連想させる名がつけられた。
赤い花のひとつひとつは美しくも、人を死に至らしめることもある花を、人はあまり良く思わない。
【まずは知ること。〜斉藤一夢録〜】
昼下がりの京の町は慌ただしい。
太平の世の頃の同じ時刻は、人々がはんなりと買い物を楽しんでいたというのに、この動乱の幕末では、はんなりなどという言葉を、京の人も使わなくなっていた。
黒船の来港で施政が乱れ、幕府への不安がつのる今日、京の都では「天誅」が横行していた。
天誅とは、尊皇攘夷に反対する幕府の要人を殺してしまうこと。
京の人々は外出するのも恐ろしく、たとえ表に出たとしても、慌ただしく用を済ませ家へと引きこもってしまう。
「斉藤さん、京の人は慌ただしいですね」
「無理もない。」
「しかも羽織を着ていると、変な視線を向けられます。これ、かっこ悪いからかな?」
「・・・単に池田屋の件や禁門での騒動のためだろう。俺たちは倦厭されている」
「そうなんですか。新撰組はしっかり京の治安を守るために頑張ってると思うんですけどね」
「・・・・・」
「あ、また会話が途切れたー。斉藤さんとは
会話続かないんですよね。でもさっきのは長く喋れた方かな?」
他愛のない会話をしながら、一華と斉藤は巡察をしていた。
斉藤は静かに隣の一華に目を向けた。
一華は歴とした女であるし、それを隠しているわけでもないのだが、髪を高く結い上げ、羽織を着込み、二本差しで歩く姿は新撰組の猛者そのものだった。
一華を入隊させた時、女がいる事で士気が乱れるのではと思った土方や山南の心配を裏切り、彼女は男のように受け入れられ、平然と隊生活を送っている。
彼女がただの女ではないとされる事由に巡察での出来事があげられる。
それはつい先日の事。斉藤は鮮明に思い返す。
数回の巡察で慣れ、一華は早くも死番も引き受けるほどになっていた。
死番は先頭をきって巡察し、敵と遭遇すれば真っ先に斬ったはったをしなければならない。
それが嫌で体調不良になる者もいるというのに、一華はそれを恐れない。
彼女にしてみれば、全ては拾って名前までつけてくれた新撰組への恩返しのつもりだった。
だから、恐くなどなかった。
洛中での巡察。
一華は斉藤を頭とした三番隊の先頭をきっていた。
「一華、あまり離れるな、後ろがついてきていない」
「あ、はい!」
後ろについている斉藤を除く隊士たちの足取りが遅かった。
「大丈夫なのか・・・死番が女だなんて」
「さぁ」
「私語は慎め」
「あ、すみません」
隊士たちの会話を、斉藤は静かに制する。
彼らは突然入隊して死番まで勤める一華に戸惑っていた。
それが影響してか、足取りがずいぶん重い。
すると、ふいに隊の前に影が立つ。
そこは大きな水路に突き当たる、広い路地。影の正体である浪士2人は声を上げた。
「はっ・・・新撰組!」
「なにっ・・・!」
「・・・何かやましいことでもあるの?」
隊服を認識すると、浪士たちは刀へ手をかけようとする。
きっと、尊王過激派の浪士。
斉藤はそう感じ、一華に目配せをする。一華は斉藤の表情から指示を読み取った。
「おのれ新撰組!」
浪士は二手に分かれ、先頭の一華を前後で囲んだ。
一華は鞘に左手を添えたまま、動かない。
斉藤以外の隊士は一華が恐怖で動けないのだと思い、刀に手をかけた。
すると、斉藤がそれを制する。
「まて、手をだすな」
「しかし隊長、あの娘では・・・」
「見ていればいい・・・」
斉藤の見つめる視線の先で、一華は浪士に挟まれ、睨み合っていた。
まず動いたのは、前方の浪士。一華に向かって刀を振り上げる。
刹那、一華の左手が鯉口を切り、瞬時に添えられた右手によって柄を押し出した。
前方の浪士の鳩尾に柄が勢いよく食い込む。当然、浪士は腹を抑え、咽こんだ。
「うぐっ・・・!」
「くそ!」
後方の浪士が仲間の嗚咽を聞き、背後から斬りかかる。
一華は刀身を全て抜き、上半身をひねり、浪士の胸を一突きにした。後方の浪士は即刻絶命する。
次いで鳩尾を押さえた浪士が立ち上がるのを、一華は見逃さない。上半身を戻すと、そのまま袈裟斬りにして沈めた。
一瞬の出来事。
一華の動きに無駄はなく、剣先の流れに乗り、舞を舞うように美しかった。
「居合か・・・」
斉藤は目を細めた。
今までは平和な巡察ばかりで、一華の実力をはかることができなかった。
だが、今夜それがはっきりした。
一華は血振りをして刀を納めた。
そして、隊士たちを振り返った。彼女の後ろの水路に、彼岸花が数本咲いている。
月明かりに、彼岸花と浪士の血が鮮やかに浮かんだ。
「なんて女だ・・・まるで鬼のようだ・・・」
意識せずに一人の隊士がそう呟いた。
「よくやった。あとは監察にまかせておけばいい」
「はい、ありがとうございます」
何事もなかったかのように、一華はその後も巡察を続け、屯所へ戻った。
屯所の門前で、初めて死番を勤めた一華を労おうと千鶴が夜更かしをして待っていた。
一華の姿を認めると、安堵のため息を漏らし、走り寄る。
「一華さん!」
「千鶴ちゃん、ただいま。起きてたの?」
「よかった、無事で。斉藤さんも、お疲れ様です」
「・・・ああ。」
「それにしても恐ろしかった・・・」
「本当だ、彼岸花とあの娘が夢に出てきそうだ・・・」
「鬼のような女には、死人花が似合う」
「まったくだ・・・」
「え・・・?」
千鶴が後に入ってきた隊士たちの会話に耳を疑う。
一華は肩を竦める。
「彼らはただ、私が怖くなってしまったみたい。千鶴ちゃんは心配しなくてもいいよ」
ぽんと千鶴の肩を叩き、一華も母屋に上がっていく。
千鶴は一華の言葉に疑問を抱いた。
「怖いって・・・一体・・・」
「巡察中、一華が一人で浪士を伏せた。女の剣技にしては、抜きん出ている。」
「・・・・それで・・・」
「お前はあいつを恐ろしいと思うか?」
「いえ、そんなこと・・・」
「それを信じていればいい。あいつの剣は己や大切なものを守る為の剣技だ。恐ろしくなどない」
「斉藤さん・・・」
斉藤はそう静かに語ると、同じ母屋に帰っていった。
「あ、あの花!」
斉藤の回想は一華の一際高い声に遮断された。
気づけば、一華が向かいの河原に走っていた。彼女は土手に一輪の彼岸花をみつけた。
「私の名前の元ですね」
「そうだな」
「彼岸花・・・別名死人花かぁ・・・私、どうもこのお花が似合うみたいですね」
「・・・・」
「怖いのかなぁ・・・」
斉藤はしゃがんで彼岸花をみつめる一華を見下ろす。
隊士たちに毒花が似合うといわれ、彼女自身、少し気にしていたのだろう。
彼岸花は根を食せば死ぬ。昔からあまり印象のよくない花だからだ。
「お前に似合うな」
「え・・・?そ、そうですか・・・」
突然、斉藤が放った言葉に、一華は戸惑った。
彼まで、毒花が自分に似合うという。少し、斉藤との距離を感じた。
すると、斉藤は補足するように話し始める。
「彼岸花の別名を知っているか?」
「え・・・死人花、幽霊花・・・えっと・・・えっと・・・」
「悪い名前ばかりしか知らないのだな」
「え・・・彼岸花は良いんですか?だってこれ、家に持ち帰ると火事になるとかいいますし・・・」
「それは俗信だ・・・」
斉藤は一華の隣にしゃがみ、彼岸花の花に触れる。
「斉藤さん!毒!」
「毒があるのは根だ。花弁は問題ない」
「へ・・・へぇ・・・」
「彼岸花は別名、天上の華ともいう。浄土の
世界に咲く清らかな花の意味だ。」
「すごい、素敵な名前があるんですね・・・」
「それに、この毒は水に溶ける。毒を抜いてノリに混ぜれば、虫除けにもなる」
「へぇ・・・彼岸花って、意外と役に立つんですね」
「知ろうとしないから、表面の印象で決め付けてしまう・・・」
立ち上がった斉藤につられ一華も立ち上がり、斉藤の言葉を静かに聞く。
「お前の剣は見るに、守りの型をしている。」
「居合いはそうであると、師から学びました。決して、己からは剣は抜きません」
「そうだな」
元来、太平な時代に確立した居合の型は、攻撃的ではなく、保守的な剣技だった。
それが今、敵を瞬時に倒せるようにという、攻撃的な剣技として自分は扱っているし、仲間からもそう思われていることに、斉藤は少し蟠りがあった。
「お前の名につくのは毒花の名ではない、天上の華の名だ」
「え・・・」
「お前は恐ろしくなないと、俺はそう知った。・・・他のものはお前を表面で決めつけているだけだ。気にすることはない。」
「・・・知ってもらえれば、みんなと仲良くなれますか?」
「ああ。」
「時間がかかりそうですが・・・私、がんばりますね」
雲が晴れたように、一華は笑った。
「お前のことは既に俺が知っている。お前は一人ではない」
伏目がちに斉藤はそう呟き、隊服を翻して歩き出した。
「あ!斉藤さん!待ってください!!」
一華は急いで斉藤の背中を追った。
自分を理解してくれた隊長の背中は、頼もしく、眩しかった。
「さっき、すごく長く話せましたね!」
「・・・」
隣に駆け寄り、嬉しそうに話す一華だが、斉藤は無視して歩き続けた。
黙々と歩く三番隊隊長の唇が、少し緩んでいたのを一華はうっかり見落としていた。
まずは相手を知る事。
そうすれば、距離はきっと近づくから。
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彼岸花、時期ですから♪これは書いてみたくて仕方がなかった(笑)
今年の夏は猛暑で少し開花が遅れていましたが・・・私の勤め先の町には200万本の彼岸花がきれいに咲いていましたよ。そこに仕事で取材をしに行ったときに妄想したお話です★
ちゃんと働けって感じだけど、素敵な景色の前じゃ、妄想がとまらないんだもん!止む無し!
2010.10.10 小菊