薄桜鬼夢録

□連載夢小説【気高き華のひとひら】
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「気高き華のひとひら」

■序章

それは酷く日差しの強い昼下がりだった。
ただでさえ盆地で暑い京なのに、日差しがそれをいっそう引き立てる。
立秋を過ぎたというのにこの暑さで、川縁の彼岸花は色褪せていた。

「きゅうっと寒くならへんと、綺麗に咲かんのになぁ」
「ややぁ、幽霊花なんて心配するものやないのにー」
「それもそやね」

京の少女達が、彼岸花を眺めながら、楽しげに土手を歩く。
日向に咲く彼岸花は、日差しに負けて褪せていたが、影になった涼しい場所に生える彼岸花は、真紅の色合いをしている。

「日陰だけ紅いの、ややわぁ」
「ほんま、気味悪いな」

少女達が少し先の木の根本に生える彼岸花を見た。
すると、その花の傍らに、人の頭があった。

「・・・ッ!人やぁ!」
「きゃあ!」

倒れ、ぐったりと動かないそれを見て、二人は慌てて走り去っていってしまった。

助けたりなどはしない。

今の世の中では、殺さたり、またはのたれ死ぬ者は当たり前のように多い。
古から権力者同士の戦に巻き込まれてきたため、関わらない方が身のためだと、京の人間は良く知っていた。

そんな情景を、漆黒の着物に浅葱色の羽織を纏った男が眺めていた。

彼の名は齊藤一。

京では知らぬ者はいない、浪士取締集団・新撰組の幹部である。
後ろには三番隊の隊士達が控えていて、隣には千鶴という、訳あって男装をし、新撰組に居候する少女がついていた。

逃げてしまった少女達とは対照的に、その物体に近づく齊藤。治安維持を目的とした組織の性質上、倒れている人間を検察をしようとした

「ひどい・・・」

千鶴が口元に手をあてて悲痛な表情をする。
女はあばらのあたりに刺し傷があった。
相当傷は深いらしく、赤黒い血が滴っている。

「う・・・」

わずかに女が唸った。

「あ・・・意識があるみたいです・・・!」

意識があると気付くと、千鶴は駆け寄って倒れた女に手を添えた。その後ろから、斉藤も声をかける。

「おい、気を確かに持て。何があった?」
「う・・・・・おなか・・・すいたっ」
「何だと・・・?」

齊藤は眉間にしわを寄せた。
この女は、瀕死の刀傷を受けているのにも関わらず、腹が空いているらしい。

「お腹が・・・すいてしまって・・・」
「・・・・・」
「斉藤さん、この人、お腹がすいてるみたいです」
「・・・わかっている」

表情には出さなかったが、彼の内心は良い具合に混乱していた。

「・・・それだけか?」
「もう・・・ご飯さえいただければ何もいりません」
「そうか・・・」
「あの、私のでよければ・・・」

千鶴が懐から握り飯の包みを差し出した。
女の顔が一瞬にして明るくなり、満面の笑みで千鶴に礼を述べた。

「ありがとう!えっと・・・」
「私、千鶴といいます」
「そっか、千鶴ちゃん、ありがとう」

包みを開いて、女はその場で握り飯をほおばった。

「良かったですね」
「良いわけない。」
「え?」

女の元気な姿に千鶴は安心したが、斉藤は腑に落ちない顔をしていた。

「なぜ、刀傷を受けていても死なない?」
「あ・・・」
「こいつと同じように、斬られても簡単に死なない奴らをお前も知っているだろ?」
「・・・・・まさか。でも昼間ですし・・・」
「ならば、鬼か・・・」

斉藤の口から出た言葉に、千鶴は一瞬動きをとめた。“簡単に死なない奴ら”とは、新撰組が所有する、羅刹隊の事をさすが、変若水を飲まされた者は日の光の元では活動できない。
日の照りつける中でも平然としている女は、あとはもう、斉藤の経験からして鬼としか考えられなかった。
千鶴は鬼の血を引き、少しの傷はすぐに塞がってしまう。貴重な女鬼である為、西の鬼の頭領である風間千景にその身を狙われている。

「あなたは一体・・・」

千鶴が恐る恐る女を見る。
ふと、握り飯を食べ終わった女と目が合ってしまった。
彼岸花が映ったかのような真紅の瞳が、千鶴の体を更にこわばらせた。

「私?」

手についた飯粒を丁寧になめながら、女はきょとんとした顔をした。
すかざず斉藤が問う。

「お前、人間ではないであろう」
「そう見えますか?」
「だって、その傷・・・」
「ああ。」

女は己のあばらを見る。

「斬られました。痛くはないけど、傷は塞がっていません。血が少なくなると、お腹がすいてしまって・・・」

そう答えると、女は千鶴たちに捨て猫のような目で再度ねだった。

「まだ・・・お腹がすいているのですが・・・」

****

夕食の刻限。新撰組幹部の面々は、広間で食事をとっていた。
しかしその中で、藤堂平助と永倉新八の食事の手が止まっている。
彼らの視線はある人物に釘付けだった。

「おいしい!」

斉藤と千鶴が見回り中に拾ってきた謎の女だ。
しっかりと山崎の治療を受け、新撰組の面々と食事を共にしていた。

「特にこのおひたし!絶品!!よッ!日本一!」
「そっか、そんなに僕のおひたし美味しいんだ?」

沖田総司がいつもの意地悪そうな笑顔をみせる。

「おい総司、場の空気を考えやがれ」
「こわいなぁ、土方さん。ちょっと喜んでただけじゃないですかぁ」

にんまり笑う沖田を、土方は眉間に皺を寄せてにらみ付けた。
異様な人物が共に食事をとっている事に、皆そわそわしていた。

「それで、傷は大丈夫なのか?」
「ぶっ!・・・近藤さん!!」

土方が突然の近藤の発言にみそ汁を吹き出しそうになった。

「傷を負っていたのだ。年端もいかない娘子なのに、かわいそうじゃないかトシ」
「そりゃそうだけどよ・・・」
「近藤さん、やさしいなぁ」
「おい総司・・・」

試衛館時代からのつきあいとはいえ、たまに二人のマイペースさと人の良さぶりにため息が出てしまう。

「お気遣いと、美味しいご飯までいただき、ありがとうございます!」

女は膳を退けると、深々と頭をさげた。

「いやいや、大変だっただろ。一体何があったか話してみてはくれまいか?我々は天子さまのおわすこの今日の都の警備を仰せつかって・・・」
「つまり、僕たちは京の都を警護している立場上、君の身に何があったか知っておきたいんだよ。」
「うむ、その通りだ!」

近藤の話は長くなるだろうと予想した沖田が代弁する。それを見ていた千鶴が隅でつい苦笑いをした。

「私は・・・私はその・・・」
「まず、君の名を教えてはくれないか?」
「私の名前は・・・わかりません」
「わからない?」

女がどもっていると、近藤が助け船を出そうと質問したが、女の回答に驚いた。
「私、名前がわからなくて。転々としている場所それぞれで、名前をつけてもらってそれを名乗っていましたから・・・」
「なんと」
「えーじゃあ俺たちで名前つければ良いって事?」
「じゃあミケ」
「総司〜それじゃ猫と一緒じゃん!」

藤堂と沖田が楽しそうに身を乗り出した。

「んじゃあ千鶴、俺たちの子の名前を付ける練習ってことで、ひとつ考えっか?」
「へっ?!」
「やめろよ佐之。千鶴ちゃんよ、俺と考えようぜ!」
「ええ・・・」

隣では千鶴が永倉と原田にからまれ困っていた。

「やめんか、お前たち」

騒ぎ始めた面々を近藤がやんわり一喝した。
土方はその隣で眉間に皺をよせたまま考え込んでいる。

「だから、ここでもお名前をいただければと思います。ミケは猫みたいで嫌ですが・・・」

名無しの女も身を乗り出して沖田たちに名前をつけてもらいたいとせがんだ。
そうせがまれてはと、近藤は押し黙ってしまった。

「はーい!思いついた!」
「おう、じゃあ平助!」
「日本一の富士山からとって富士子―!」
「却下!はい次!」
「えーなんでだよ!!まじめに考えたのに」
「まじめ過ぎて気持ち悪いんだよぉ、お前」
「えー!新ぱっつぁん、そりゃないんじゃねぇの?!」
「じゃあ、千鶴と俺の名前を足してサチってのはどおだ?」
「ええっ!」
「はい!千鶴ちゃんが困ってっから却下!」
「はぁ?どういう意味だよ新八」

次々と意見を永倉に却下されていく藤堂や原田に、沖田は仕方ないなぁとばかりに再度提案する。

「ほら、やっぱりミケにしましょうよ」
「人だぜ?それなりの名前つけてやろうよー」
「じ、じゃあ、ここは多数決でだな・・・!」
「近藤さんも・・・名前つけたいんですね」

千鶴が突然参加してきた近藤を見て微笑んだ。

「いやっ・・・俺はだな」
「いいじゃん、みんなで考えようぜ!」

ついに名無しの女を囲んでの会議になったが、一向に名前がまとまらなかった。

「何か他にある人―」

ほとほと、司会進行の永倉は疲れ切っていた。

「だからミケ・・・」
「お前それしか言ってねぇだろ・・・」
「ああもう!・・・じゃあ千鶴ちゃんよ、君が決めてくれ。千鶴ちゃんが決めたんなら文句はねえよな、みんな!」
「いいね!千鶴がつけるの賛成―!!」
「え・・・私が?」

指名された千鶴は焦った。
今まで経緯をただ見守っているだけで良いと思っていたから、急に振られてすぐに名は思いつかなかった。
みんなの期待のまなざしが痛い。

「うう・・・名前ですか・・・」

名無しの女も、真紅の瞳を千鶴に向けた。

「えと・・・井上さん・・・・何かありますか」
「え?私かい?」

馬鹿騒ぎを遠目から見守りながら静かに食事をしていた源さんの箸がとまった。

「えー!どうして源さんにゆだねるかなー!」
「いっ、井上さんの意見は私と同じ・・・です!」
「雪村くん・・・」

何て振りを・・・と思った源さんだが、ひととおり考えてみる。
経緯としては、名無しの女は斉藤と千鶴によって保護された。だから、斉藤、もしくは千鶴にちなんだものが良いのではないかと考えた。

ふと源さんが隣を見ると、斉藤が黙々と箸を進めている。
すると閃いた。

「じゃあ、斉藤君が拾ってきたのだから、彼の名から一文字もらおうか」
「一くん。一文字しかないよね」
「ええと、だからそれに文字をつけようか。雪村君、何か出会った時に強く印象に残った事はあるかい?」
「えと・・・あの時、とても彼岸花が綺麗に咲いていたんです。この人の目も彼岸花みたいに赤いんだなって、思いました。」
「じゃあ、斉藤君の一に彼岸花の華を加えて・・・一華・・・でどうかな?」
「いちか・・・」

新たに名前をもらった女は復唱した。
そして、気に入ったのか、満面の笑みで皆に礼を述べた。

「ありがとうございます!」
「よかったな!一華!」
「なかなか良い名だな、一華」
「一くんが拾ってきたから一華かぁ。僕のミケとあまり変わらないんじゃない?」

斉藤が箸を構えたまま硬直しているのを、沖田は視線の端で捉えて含み笑った。

「いやあ、良かった良かった!」
「良くねえよ・・・近藤さん・・・」
「ん、どうしたトシ?」
「名前を決めたはいいが、こいつの処遇を考えなきゃならねぇ」
「何だよ、せっかく名前つけてやったのに。さっさと追い出すのかよ」

名付けた情からか、藤堂が吠えるが土方は聞かなかった。

「猫じゃねえんだ。人間一人増えるとそれだけ金もかかる・・・・ましてこいつは・・・」
「鬼だから・・・でしょうか?」
「!」

一華の言葉に、一同に緊張がはしった。

「私は、最初に斉藤さんが見抜いた通り、人ではなく鬼です。・・・でも、半分は人なんです。私の父は人で、母は鬼でした。・・・・だから、ここには置いておけないですよね」
「一華さん・・・」
「でも・・・千鶴ちゃんは純粋な鬼だよね?なのに、どうしてこの人たちと仲良くしていられるの?」
「え・・・」
「どうして、気味悪がられないの?」

一華が千鶴ににじり寄ると、佐之助が壁に掛けてあった槍に手を伸ばしかけた。

「やめて。また私を斬るの?」
「また?」
「私が人間ではないと知ると、みんな私を殺そうとする。前にいた置屋でもそう。寝ている間に刺されて・・・」

一華は山崎に手当をしてもらった患部をそっと撫でる。
そして、悲しさを湛えた瞳を千鶴に向けた。

「私はただ、みんなと仲良くしたくて・・・」
「土方さん、お願いです!一華さんをここに置いてあげてください!」

次の瞬間、千鶴は一華を背にかばって懇願していた。
千鶴の行動に土方は僅かに眉を動かすが、冷静に言葉を紡ぐ。

「・・・俺たち新撰組の居候はお前だけで十分だ。どうしてもってんなら、お前がこいつを食わせていけ」
「そんな・・・」

千鶴に十分に自由にできるお金はなかった。
自分の無力さに、自然に唇をかんでいた。

「食べさせてもらおうなんて、思っていません」

千鶴の後ろから、凛とした声が飛ぶ。

「ほう、じゃあてめえが金を稼ぐっていうのか?どうする?鬼であることを隠して体でも売るか?」
「新撰組に入隊を希望します。」
「え・・・!一華さん!」
「私、鬼だから。人間の男よりも力はあります。私が武功をたてて、新撰組にお金を入れます。」
「本気か?一華ちゃん!!」
「愚問です。・・・・私の働きが足りなければ、どうぞ斬っていただいて構いません」
「ほう・・・」

土方はうすら笑うと、挑発的な視線を一華に投げた。

「お前、日の光は苦手じゃないのか」
「え?日の光はまったく苦ではありませんが・・・」
「ならいい。近藤さん、こいつを入隊させてやってくんねぇか」
「え・・・あ、いや・・・構わんが」
「本当ですか?!」

およそダメもとで進言した一華の顔に光が戻った。

「ただし、お前は特殊だ。定期的に山南さんの検診を受けてもらう」
「な・・・トシ・・・それは」
「わかりました。それくらい受けます!」
「一華くん!」

近藤が一華を心配して声を荒げた。
変若水の改良に利用されることは目に見えているのに、一華は動じない。
偏見の目を向けられ、殺されるよりはまし。
実験でも必要としてくれるのが一華は嬉しかった。

土方の一声で、一華は新撰組へと足を踏み入れた。


秋風が強まっていくような、動乱の最中での出会いだった。
 

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