おはなし

□気付かなきゃよかった(小説)
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日本代表を決める、選抜試合が終わった。

自分では、納得のいく試合だったし、実力を出せたと思う。
それなのに代表に選ばれることができなかった。
せっかく鬼道と同じ場所に立てると思っていたのに、
また遠のいてしまった。俺はどうしてこうなんだろう。
また一緒にサッカーが出来るようになって良かったじゃないか。
それ以上何を望んでいるんだ、俺は。
日本代表に選ばれなかったのは残念だけど―…

「佐久間」

静かに呼ばれた俺の名前を認識したことで、
半ば堂々巡りになっていた思考を現実に引き戻された。
いつもなら、無視してやるのに。
どうして思わず視線をやってしまったんだろう。

「やっと、こっち見たな」

そう言って、源田が隣に腰を下ろした。
何しに来たんだ、早くどっか行け。と思うのに、拒絶の言葉が出なかった。

「佐久間」

沈黙をどう受け取ったのか源田はあろうことか、俺の頭に触れた。労わるように。

「頑張ったのにな」

なんで、俺が日本代表に選ばれなかったこと、知ってんだよ。

「…っ」

源田の手が優しくて、心がじわりと温かくなる。
涙がこぼれそうになった。全部、こいつのせいだ。
せっかく泣くのを我慢しているのに、優しくなんてするから。

「触るな、ばか」

心のどこかで嬉しいと思うのに、素直じゃない俺は、結局いつものように憎まれ口を叩いてしまった。
俺の暴言には慣れてしまったのか、いつもの事だと諦めているのかはわからないが、
源田は、困ったように笑っただけだった。
そのことに安堵したものの何だかいたたまれなくなってしまった。
この空気をどうにかしたくて、勢いよく立ちあがると、帰る、と吐き捨てて足早に歩き出した。
いきなり歩きだした俺に吃驚していた源田が、あわてて追いかけてくる。
その様子を視界の端にとらえながら、気分がだいぶ浮上したなと思っていた。
源田のおかげ、なんだろうか。ちょっと、話しただけなのに、不思議だ。

また、鬼道と同じチームでプレイしたかった。
日本代表選抜に呼ばれて、また、鬼道と同じチームでプレイが出来るって嬉しかった。
絶対に日本代表になりたいって必死で練習もした。
本当に悔しくて、悔しくて。頑張れって応援してくれた帝国の皆にも申し訳なかった。
でも、きっと、選抜にも呼ばれなかった源田の方が悔しかったんじゃないだろうか。
鬼道さんの隣に立ちたいと、願ったのは俺だけではなかったはずだ。
そこまで考えて、思わず、隣を歩く源田の顔を見つめてしまった。
俺の視線を受けて、源田が不思議そうに聞いてきた。

「どうした、佐久間 俺の顔に何かついてるか?」

思わず見つめていたことに動揺して、そっけなく答えた。

「いや、お前って、ほんと馬鹿だなと思っただけ」
「ど、どういう意味だ。」

俺の言葉に納得のいかないらしい源田が何やら言っているのを聞き流しながら
こいつはやっぱりお人よしだなと思っていた。
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