溺れた魚は夢を見る
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――満月の美しい夜
___鬼は少女と出会った――
打ち寄せる波音だけが響く静かな夜の海を、無遠慮に足音をたてながら歩く一人の男。
月光を受けて輝く雄々しい銀髪に、顔左半分を覆う眼帯…
彼の名は"長曾我部 元親"
戦国…群雄割拠のこの時代に、四国を統べる勇将として、また、自由を愛する海賊として西海の鬼と恐れられる男である。
しかし、今の彼からその威厳はほとんど感じられず、あぁ…とか、うぅ…などと零しながら、海辺を歩く姿には少しばかり焦りがみえた。
「…畜生」
小さく呟いたあと足を止め、海を眺めつつ、ガシガシと髪をかく。
本人は気づいていないが、困ったときに見せる癖である。
実際、元親は悩んでいた。
事の始まりは昼間の部下の叫び声。
「アニキー!大変ですぜ!」
その唯ならぬ様子に慌てて確かめに行けば、己の右目に映るは無惨に散った木騎の姿。
野郎共の話によると、試運転をしていたら爆音と共に木材が割れ、木片が跳び、歯車が止まったらしい。
その一部始終を頭に浮かべ、思わず泣きたくなった。
原因なんてものは一つだけ。
連日の戦で働かせすぎたのだ。
木っ端微塵の部品たちをなんとかして直すべく、ひとしきり考えてみたものの打開策は浮かばない。
「…くそ、頭が痛え…」
もともと考えるよりも動くことを得意とする彼は、これ以上ない程に頭を働かせることに疲れて仕方なく考えるのを止めた。
壊れちまったもんはしょうがねぇ
明日にしようと、気持ちを切り替え顔を上げる。
目の前に広がる夜の闇の中、黒く静かな海が月明かりに照らされ、キラキラと輝いていた。
あぁ、これでこそ夜の海だ。
口にするでもなく元親は思う。
そういやガキの頃から好きだったな、と柄にもなく思い出に浸った。
嘗て"姫若子"などと呼ばれていた西海の鬼。
人の命を簡単に奪う戦を好まず争いを嫌ったあの頃から、全てを受け入れるかのように広い、この瀬戸内の海が好きだった。
この海のような、でかい男になりたい。
守りたいもの全てを守れるように。
数々の戦を繰り広げ、鬼神と呼ばれるようになった今でも、その思いは変わらない。
ふわり、と髪を揺らす風に目を細め寄せる波の音に耳を傾けた。
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