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□Rosy Future〈V〉
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「大丈夫か?」

放っておいてくれとは言い難い状況なのは沙奈にも充分わかっていた。

どう言い訳すれば自然に装えるかを咄嗟に考え、貧血による眩暈だと誤魔化したが、それは意味のないことだったのを後で知ることになる。

「2次会には出ないんだろう?通りまで送るよ」

「大丈夫です、一人で」

「別に送り狼になろうって訳じゃない。タクシー捕まえてやるだけだ」

男は半ば強引に引き出物の入った紙袋やバッグを沙奈の手から取り上げると、歩けるか、とぶっきらぼうに聞いた。

見た目は20代半ば。やや細身で長身、アッシュの髪にハーフかと見紛う色素の薄い瞳。

凛々しくつり上がった眉と少し下がった目尻が嫌でも高遠を連想させる、容姿端麗の部類に属する青年とはこの日が初対面だった。年齢から見ても新郎の友人だろうと推測できた。

式と披露宴の合間にロビーで煙草をふかす姿を目にした友人たちは揃って目を輝かせていたが、沙奈だけはその男の射るような視線が少し怖かった。

沙奈は先を行く男の斜め後ろを重い足取りでついて行く。表通りはまだずいぶん先だ。

「名前は」

「柏瀬、です」

「貧血よく起こすの」

「……はい、時々」

それほど苦ではないと自分に言い聞かせて出席した友人の結婚式は、沙奈の知らぬ間に神経を蝕んでいた。

友人たちに適当に言い訳をして2次会を断り足早に会場を立ち去ろうと表に出たのだったが、イングリッシュガーデンを模した庭を抜ける途中、急に胸に痛みを感じて苦しくなり、人目のつかない木陰のベンチで身体を休めていた。

深呼吸を繰り返し、胸の痛みが落ち着いてきた矢先、通り掛かった男に見つかったのだった。

「くだらないよな、結婚式なんて」

「……えっ」

まるで今の自分の心情を見透かされているような言葉に沙奈は思わず上擦った声をあげてしまう。

「自分らの幸せを見せ付ける側も、大して祝ってもいないくせに綺麗ごとしか言わない側も。とんだ茶番だろ」

「……そんな言い方って」

「あんただってそう思ってたんじゃないのか」

「そんな……」

強く反論できなかった。かといって男の言葉を肯定するほど開き直りも出来ない沙奈は言葉を濁すに留まった。

途中でレンガが途切れ、代わりに敷かれたウッドチップの小道に変わる。その上をヒールを沈ませながら歩く。

「黒いドレスにそれだと、墓参りにでも持ってくみたいに見える」

そういって顎で指し示した沙奈の手には、白いブーケがあった。

「し、失礼なこと言わないで下さい!」

流石にそこまで言われて黙ってはいられなかった。友人の結婚を喜んでいない訳でも、ましてや妬んでいる訳でもないのだと、沙奈は捲くし立てる。

「私は友達の幸せを心から喜んでますし、これを貰えて嬉しくない訳が――」

「じゃあなんでそんな顔してる」

責めるような視線に、思わず目を逸らした。

「そんな顔って、何も私は……」

「自分と重ね合わせて絶望してただろ」

気付かれた、と胸が冷たくなる。

「……そんなことしてません。一体、何を重ね合わせるって言うんですか」

「叶わないことをだよ。不倫とかしてる人間ならこういう場は気丈に振舞っていても内心穏やかじゃないからな」

不倫というワードが出たことで、結局はこの男は憶測で物を言っているだけなのだと安堵し、沙奈は調子付いた。

「私、他人のものに手を出すようなことはしませんから。いい加減な事言わないでもらえますか」

「ものの喩えだ。不倫じゃなくても報われない恋愛はあるだろ」

厳しい視線を投げ掛けられ、息が止まる。核心を突かれた。

「人の道に外れるような恋愛は、結局はお互いの破滅しか――」

「そんなんじゃないってば!」

堪えきれずに沙奈は男の言葉を遮った。一度は治まりかけていた胸の痛みがぶり返す。泣いてはいけないことは分かっている。必死に堪えた。

「……まあ、いいさ」

男は強い眼差しを一瞬だけ哀れむように沙奈に向け、そして晴れ渡った空を見上げた。

「結婚だけが全てじゃない」

どうしてこんなにもこの男の言葉は自分の心を抉るのだろう。沙奈は隣を歩く男の横顔から目が逸らせなくなっていた。

全てを見透かされているような気がした。

「どうしてそんなこと言うんですか」

「……」

「……私のこと、何か知って――」

確信的な言い方に言い知れぬ不安を覚えた沙奈は思い切って切り出してみたが、男は聞こえぬ振りをして、

「あんた勿体無いよ」

と話を遮った。

「それだけの容姿なんだ、一度考え直したらいい」

「口説いてるんですか」

「そうじゃない」

「考え直すって、何を」

「聞かなくても分かるだろ。……ああ、ちょうど良かったな」

蔓バラの絡まったアーチを抜けて通りに出たところで空車のタクシーを見つけ、男は手を挙げて停車させた。

荷物を受け取ってタクシーに乗り込もうとした沙奈に男は、

「……弱ってるのに、いきなり悪かった」

と少しだけバツが悪そうに溜息混じりで謝罪した。

走り出すタクシー。少し考えてから首を回してリアウィンドウを見ると、男は歩道に立ったまままだこちらを見送っていた。

「それでもまだ遅くない。やっぱり考え直した方がいい」

姿は遠のいていくのに、耳には男が最後に残した台詞がリフレーンする。

全く見えなくなってから、そういえば男の名を聞かなかったことに気付く。

結局誰だったのか、何をしたかったのかも分からないまま。







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