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□Blue Blue Blue〈V〉
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「今日は珍しいですね」

そう言ってごく自然な風に私の髪を右の指先で撫でた。

「確かタートルはあまり好きではないと、以前言っていませんでしたか」

「……言いました」

「ではなぜ」

「それ、わざと聞いてるんですか」

「いいえ」

「……タートルしか着られないようにしたのは、明智さんでしょう」

照れ隠しに不機嫌を装って、彼とは反対の右側を見た。

さっきから同じようなコンクリートとガードレールの景色が後方に流れている。

首都高速の湾岸線ルートを南西に向かっている。

助手席に座るのは初めてではないけれど、本格的なドライブデートは今までなかった。

明智さんの愛車は目にも鮮やかな青のBMW。

外車なので左側に彼。

視線を戻した。

「そんなに気にすることないでしょう」

「私は気にするんです」

「それは悪いことをしてしまいましたね」

「ほんとにそう思ってます?」

「思ってますよ。でも」

それも良く似合ってる、と優しい視線を寄越すからそれ以上は何も言えなくなってしまった。



昨夜。

今日があるから嫌だと言ったのに、全然聞こえないふりをした彼はいつも以上に激しくて。

途中で意識を無くして。

そして今朝、鏡で自分の姿を見て卒倒しそうになった。

首筋に無数のキスマーク。

しばらくは窮屈で苦手なタートルネックを着続けなければいけない。

それでも出てくるため息は、どちらかというと気恥ずかしくも嬉しい類のものだった。

ただ、それを彼に悟られて調子に乗られても困るので、あえて怒っているふりをする。

また、そっと盗み見た。

昨日は仕事帰りのままで私のアパートに来て泊まり、今朝早くに一度自宅に着替えに戻った。

次に私を迎えに来てくれた姿に思わず息を呑んで。

そしていまだに動悸が治まらないでいる。

サックスブルーのボタンダウンのシャツに、ニットとスウェット生地を組み合わせたチャコールグレーのダッフルジャケット。

ジーンズは上品なインディゴで、足元はダークブラウンの細身のワークブーツ。

いつもスーツ姿か部屋でのシンプルな服しか見ていなかったから、こういった意外性で攻められるとは考えてもいなかった。

カジュアルも最高に似合うなんて反則だ。

ハンドルを握る左腕の袖口から覗く大振りな革ベルトのクロノグラフが「大人の休日」を演出しているようでまた胸が高鳴る。

こんなことならもう少し自分の服も慎重に選ぶんだったと後悔したけれど、でもトップスの選択肢が限られてしまった以上、これよりいい組み合わせは考えられなかったのは仕方ない。

なるべく幼くならないように、抑え目な暖色タータン柄の膝丈スカートにニットのタートルを合わせてシンプルにした。

ま、結局は何を着たって褒めてくれるのだけど。

それでも並んで歩いた時に自分だけ浮かないように気をつけないと。ただでさえ容姿端麗な彼の隣では気を抜けない。

「なんでしょう」

「え、なに?」

「何をそんなに見ているんですか」

「ううん、見てませんよ」

「もうお腹がすきましたか」

「なんでそうなるの」

「あなたが私を見つめる時は大概空腹を訴えている時のような気が」

「失礼なっ」

「ですね」

くつくつと可笑しそうに笑う横顔も、穏やかな声音も、好きだなぁと改めて惚れ直して。

普段はあまり見つめられないから、運転に集中しているこの時にいいだけ目に焼き付けておこうと思った。

あまり横に座る自分を意識しないようにして。

やっぱりまだ、不釣り合いな感じが否めない。

どうして私なんだろう、と思ってしまうのはいつものことだ。

確かにちょっと強引だったり、意外と早とちりしたり、実はひどいやきもち焼きだったり、照れ屋だったり。

だんだんと彼の人間らしい部分が見えてきて、それなりに私も軽口を叩けるようになってもきたけれど、それでも。

なんで、かな。

「もう少しで着きますから、あとちょっと辛抱して下さいね」

「だから、お腹はすいてませんからっ」

「じゃぁどうしてそんなに見つめるんですか」

それなりに恥ずかしいのですが、と前を向いたまま珍しくはにかんだ。

「いつものお返し」

ごまかし方を用意していなかったから、正直に告げた。

「たまには見つめられる側になるのもいいでしょ?」

「…」

一瞬、妖艶な流し目をこちらに向けてフッと笑った。

困らせるつもりだったのに、その視線だけで敵わないと悟らされる。

「ずるい」

誰にとも向けるわけでもなく、聞こえないようにそっと反抗した。

「え?」

「なんでもないですよ」

嬉しいような、恥ずかしいような、そしてすこし哀しい私の立ち位置。

いつになったら、近くまで追いつけるようになるのだろう?

視線をフロントガラスに向けて、どこまでも青い空に目を細めた。




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