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□Kissing under the Mistletoe〈番外編〉
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住宅街にある隠れ家的なレストランを出て少し歩いた先を曲がると、幹線道路に続く広い通りに出た。
なだらかな坂道が曲線を描き、その両側を小さな街路樹のイルミネーションが彩っている。
「わあ!」
思わずはしゃいだ声を上げてしまい、慌てて口に手を当てる。
住宅街の夜は静かだ。歩道から家々まで距離があるとはとはいえ、声のトーンを落として「綺麗ですね」と隣を歩く明智さんを見上げた。
「本当ですね」
横で穏やかに微笑む彼の吐く息は真っ白だ。
クリスマスイブを二人で過ごせている幸せを噛み締めつつ、今はすっかり目の前に続く金色の道に心奪われていた。
「この辺にこんなに可愛い通りがあったなんて。有名なんですか?」
「どうでしょう。たまたま通りかかって見つけたので、酔い覚ましに散歩するにはいいかと思ったんですが」
メジャーな場所のイルミネーションと比べると少し寂しいかもしれませんね、と窺うように私を見つめている。
「ううん、眩しいのよりこのくらいの優しい灯りの方が私は好き」
「紗耶ならそう言って気に入ってくれると思いました」
握る手に力がこもる。ワインでほろ酔い加減の明智さんはいつになく上機嫌だった。
「何より人がいなくていいですね。安心してあなたを堪能できる」
前を向いたままそう言った明智さんは、少し急かすように私の手を引いて歩道を進んだ。
「この先、何かあるんですか?」
「さあ」
楽しげに首を傾げるのを見て彼が何か企んでいそうなことは分かったが、あえて黙っていた。
詮索してもきっと教えてくれないだろうし、予想したってどうせ私には当てられない。
分かるのは、悪いことなどある筈もないということだけ。
黙り込んだ私を気遣って、
「寒くないですか?」
と聞いてくれる明智さんの優しさに笑顔で大丈夫と返した。
頬が緩んで間抜けな顔になっていないかだけが心配だった。
「あ、あれ、ヤドリギですね!」
向こうから来る車のライトに照らされて、落葉した木の上方に丸いシルエットが浮かび上がった。
「……ええ」
少し遅れて相槌を打つ明智さん。ヤドリギを知らない筈はないだろうから、きっと見えてないのかと思い、指をさして場所を教えた。
「葉っぱの塊みたいだけど、あれ一つで木なんですよね。寄生して大きくなるっていうけど、木が木に寄生するってどういう仕組みなんでしょうね?」
不思議な木ですよね、と近くまで寄って行って立ち止まり、枝の間に挟まったように生きる丸い物体を見上げた。
「随分と詳しいんですね」
意外だという顔をするので、実は、と種明かしをした。
「友達に教えてもらったんです。その子、あれが気持ち悪いって見かける度に騒ぐんですよ。寄生しているっていうのがまずダメなんだって言うんだけど、そんなことないですよね」
「気持ち悪い、ですか」
私の言葉を繰り返しながら、明智さんも上方のヤドリギを見上げた。
「うん。枝の間にほわほわ引っ掛かってるの、私は飾りみたいで可愛いなって思うんだけど、その子はもう全然ダメで」
話しながらも私は仲のいい友達の言葉を次々と思い出していた。
「クリスマスはヤドリギの下でならキスできるってせっかくの風習があるのに、あんなものの下でキスなんて有り得ない!って怒るんですよ。おかしいでしょ? 結婚の約束になるっていう素敵な言い伝えを教えても、そんなダサいこと本気でする人なんていないって、それはもうとにかくヤドリギを毛嫌いしてて――」
その時の友達の様子が思い浮かんで、楽しくなっていた。一人で喋り続ける。
「その子とはすっごく仲が良いんですけど、結構趣味が違うんですよね。私だったらヤドリギの下でキスなんてされたらすごく幸せだなーって思うんだけど、それ言ったらその子ってば『ドン引きする』って言うんです。ヒドイでしょ? そんな乙女趣味、やめた方がいいとか何とか云われて――」
そこまで喋って何とはなしに明智さんを見ると、今まで見たことのないような、奇妙で複雑な面持ちでじっとこちらを見ていた。
「……あれっ、私、何か変なこと言いました?」
少しはしゃぎ過ぎて何か余計なことを言ってしまったかと思ったが、
「……ええ、まあ」
まさか溜息を吐きながら肯定されるとは思いもしなかった。
「え!? ご、ごめんなさい!」
繋いでいた手を振りほどいて両手で口を覆う。楽しかった気持ちが一気に萎んで、焦りと不安でいっぱいになった。
「ごめんなさい、えっと、あの……」
必死に明智さんの上機嫌を奪ってしまった原因を探したが、情けないほどにパニックになった私には次に続ける言葉なんてすぐに見当たる筈もなかった。
彼の隣りではいつも落ち着いた人間でいたいのに、すぐ舞い上がってしまうから駄目なのだ。動悸が激しく、胸が苦しい。
「……参ったな」
独り言のように呟いた明智さんの飾らない言葉と溜息、そして頭に手をやる仕草に何を見出していいのか分からなかったが、怒らせているのとは少し違うのではないかという気になってきた。
が、原因が見つけられない限り、ただひたすらに謝るしかなかった。
「ごめんなさい」
「いえ、いいんですよ」
あなたのそういうところも好きですから、とそっと頭を撫でられた。
(そういうところ……?)
相変わらず困り果てたような顔で私を見つめる明智さんの、言葉の真意が分からなかった。
「怒ってるんじゃないんですか?」
「怒ってなどいませんよ。ただ……」
「ただ?」
「出鼻を挫かれてしまって少々落ち込んでいるだけです」
眉尻が下がっているのに、無理に口角を上げている明智さんの顔は、哀しげなようでいて、呆れているようにも見えた。
友達の話に夢中になって彼の話を聞いてなかっただろうか、とか色々と考えを巡らせてはみたものの、結局何が明智さんを落ち込ませることの決定打になったのかは全く分からなかった。
怒ったりはしないだろうことを予測しながら、正直に聞くことにする。
「お、落ち込んでるって、あの、ごめんなさい。ホント私、すぐ舞い上がっちゃうから……。何がいけなかったのかな……」
「まあ、あなたに分からないのは無理もないというか」
「ほんと、ごめんなさい……」
「謝らなくていいですよ。ただ、もう少し――」
「もう少し?」
「私がどれだけあなたを想っているか自覚してもらえると助かります」
そう言って髪を撫でられた。
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