短編集

□相合傘
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うっわぁ…と。

思わず私は呟いてしまった。



いや、それも無理はないのではないだろうか。



委員会もやっと終わってさぁ帰ろうという時に、

下駄箱の外にはバケツを引っ繰り返したような雨がザーザーと降っていたのだから。


雨なんて傘をさして帰れば何の問題もないではないか!という人もいるであろう。


しかし置き傘は運悪くこの間持って帰ってしまったし、鞄の中にいるはずの折り畳み傘は不在だ。



つまり、私は今傘を持っていないのだ。




「うぅ、お天気お姉さんの嘘吐きー…」




今朝「雨の心配はないでしょう」なんて事を素晴らしい笑顔で言ってたじゃないかお姉さん…!

心配ありだよ!大ありだよ!逆にザーザーすぎてビックリだよ!


…と、天気予報に当たる私。



まぁ、折り畳み傘を毎日鞄に入れておかない私も悪いのだが。




「それにしても、どうするかなぁ…」




傘がない、となれば走って帰るというのも可能なのだけれど…しかしこの大雨だ。


走って帰れば、滑って転んで頭打ってピーポーピポーとなるのがオチであろう。

うわ嫌だ、それ滅茶苦茶間抜けじゃないか私。



だとしたら、やっぱり…


…雨が弱まるのを待つしかないな。



なんていう物凄く気の長い決断をした私は、とりあえず下駄箱で様子を見る事にした。

だが一向に弱まる事はなく、逆に強くなっているような雨を見て私は溜息を吐く。


嗚呼、何て気が遠い行動なんだ…と心なしか目の光を曇らせていると、

突然、後ろの方向から




「…名字か?」




と、いう声が聞こえた。


振り向いて相手を確認してみれば、そこに居たのは同じクラスの柳蓮二で。

意外な相手に若干ビビったのは言うまでも無い。



…そうか、柳は確か生徒会だったっけか。


テニス部も今日はない様子だし…委員会の帰りと言ったところだろうか。

ならば私と一緒である。




「柳。生徒会は今終わったんだ?」


「あぁ、他の委員会より多少長引いてしまってな」


「ふーん…生徒会も大変だねぇ」


「まぁな。お前は……傘が無いから雨の様子を見ている、といったところか」


「はは…ご名答」




流石柳、私の状況を一発で読み取りやがった。


学年トップになれば人の状況まで的確に判断できるようになるのだろうか…?

うーむ、どう足掻いても私はそんな人間にはなれんなぁ。




「…でもまぁ、そういう柳はやっぱり傘持っちゃってたりするんだよね?」


「当然だ。今朝の雲行きからして怪しかったからな」


「雲行きで判断するんだ…」




お天気お姉さんを信じた私は一体どうなるんだという話である。

お姉さん可愛かったからって油断した私が馬鹿だったぜ…。


…なんていう馬鹿丸出しな事を悶々と考えていると、

いつの間にか私の横へと移動していた柳が傘を取り出し、そして




「では一緒に帰るか」




…とかいう爆弾発言をいつもの涼しげな表情でぺろっと言ってくださった。

最早拒否権がないくらいにぺろっと。


その言葉を聞いた私の思考は一瞬停止し、
その後正気に戻った私は案の定パニック状態に陥るのだった。

だって思考がついていかないんだもの。


今まで自分が馬鹿な事にこれほど後悔したことはないだろう。




「え…え、え?柳さん?今何と…」


「一緒に帰るかと言ったんだ」


「何故!?さっきの話から何でその思考に至る!?」


「名字は傘を持っていないのだろう?ならば俺の傘に入って行けばいい」


「いやいやいやいや!確実に死ぬ、殺されますから!そんな事恐れ多くてできません!」


「ではこのまま雨が弱まるのを待っているか?この様子では午後11時頃となる可能性が高いが」


「う…それも嫌だなぁ」


「ならば俺の提案に乗るのが適切な判断だろう」




どうだ?

…と、勝ち誇ったような顔で聞いてくる柳に、乗りざるを得ない。


あああ、だから頭の良い人は苦手なんだい…。




「…じゃあ、お言葉に甘えて…」


「あぁ」




そう言って美しい微笑みを浮かべながら傘をさす柳の横に、私は遠慮がちに並んだ。


…こんな所ファンクラブの誰かにでも見られたら私苛められるんじゃないだろうか。

ていうかリンチ決定だろう。確実に。




「…名字、遠慮しすぎだ。もっと入らないと濡れるぞ」


「いや、入れてもらってるのにそこまで出来ませんよ…って、柳肩濡れてるんだけど!?」


「錯覚だ」


「ごまかしたようでごまかせてない!駄目だって柳、私は濡れていいから君はもっと入んなさい!」


「そういう訳にはいかない。名字に風邪をひかれては困る」


「大丈夫、誰も貴方の所為にはしません!寧ろ柳様のお陰です!」


「いや、そういう訳ではなくてだな…」


「…へ?」




少しばかり顔を歪ませた柳に、じゃあ一体どういう訳なんだと理解できない私。

すると柳は今まで前方に向けていた顔をこちらに向け、そして真剣な顔をしながら




「好きな奴に風邪をひかれたら、誰だって心配するだろう」




…と、言った。

言ったというか、仰った。



そして私は固まった。そりゃあもう石のように、もしくはそれ以上に固く。


いよいよ私は頭がおかしくなったのだろうか。

だって幻聴が聞こえたよ…!?




「な、え…は?」


「…分かりやすく戸惑ってるな」


「冷静に分析しないでください柳さん!っていうか…え?今…え?」


「お前が聞いた通り告白したが?」


「相変わらずサラッと言うね!……あれ、って事は、柳は…」


「あぁ、お前が好きだ」


「な、…!?」




…絶句した。

何かもう言葉が出なかった。


こんな展開ありなのだろうか。

頬に熱が集中して、一気に火照っていくのが分かる。



それだけでもうどうしていいか分からないというのに、更に柳は追い打ちをかけるように




「折角の機会だからな。有意義に過ごさせてもらうとしよう」




…と、私の耳元で囁くのだった。


その時二人の上に開かれた傘は、バシャバシャと音を立てながら雨に打たれていて。

その音は、まるで今の私の鼓動の音を示しているかのように騒がしかった―…






相合傘
距離が近すぎて、心まで近付いてしまったのかもしれない。


(こうして名字と一緒に居られるという点では、雨に感謝だな)

(…私は今お天気お姉さんに猛烈に不満です)






-END-
 

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