べるぜばぶ

□憂鬱な君
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男鹿の家。

その日、男鹿家には知り合いから送られてきた林檎が文字通り腐るほどあった。

駄目になる前に食べ切りたいと壮絶な林檎漬け生活をエンジョイしていた男鹿家面々だったが、美味いものでも流石に飽きはくる。

父、姉、ヒルダは林檎生活に耐え兼ねギブアップ。
ベル坊もすりおろし林檎に飽きてしまった。
男鹿とその母だけでは無理がある訳で。

詰まるところが、その日古市は林檎消費の為の応援部隊として駆り出されたわけである。


「なぁ男鹿。」
「どうした古市」

器用な手つきで林檎の皮を剥く古市。

「今日俺、デートあるって言ったよな。」
「ああ、そういやぁそんなこと言ってたな。」

忘れてた、という態度で悪びれもせず切り返す男鹿。
本当はデートをキャンセルしてでも来るだろうと思ったから、阻止しようと画策していたのだが、本人には口が裂けても言えない訳で。

古市は拳を握りしめてわなわなと震えるが、女の子より男鹿を優先したのは自分だったりする。
まあ、そんな自覚はないけれど。

「本当なら今頃映画でも見てるだろうに、何が悲しくて野郎二人で・・・」
「まぁそう言うな。林檎美味いぞ古市。」
「林檎は美味いけども・・・」

さっきまでとは打って変わって落ち込む。
手は相変わらず真っ赤な林檎にするするとナイフを入れる。
男鹿家では、林檎は切るだけで赤い皮はそのまま食べてしまう。面倒だから。
しかし、古市が切る時だけは綺麗に皮を剥かれる。
面倒だからそのままでいい。と、言ってしまってもいいのだが、男鹿はそのするすると器用に皮を剥く古市の手つきが見たいから、あえて言わないでいる。

「丁度食べ頃だよな。これ以上経つとボソボソしそう。」

自分で切った林檎を一つ口に放り込んで言った。
男鹿も皮を剥かれた林檎を口に入れる。

――同じ林檎でも古市が切ったのは美味いな。なぜだ。皮が無いからか?

「・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

無言。
ただ、もしゃもしゃと林檎を噛む音と、サクサクと切る音が響く。

「・・・古市貸せ。」

唐突に、男鹿は古市の持っていた果物ナイフを奪う。

「お前、切れんの?」
「わからん。イメージだけはある。」

それはつまり、切った経験がないという意味で。

ざく。
ざくざく。

「あれ。」

男鹿の切った林檎は、中心を見事にそらされ、よくわからない形になっていた。

「ははは、ひでぇな。」
「・・・皮、剥くか?」

そう尋ねて、(自分ではできないので)古市にナイフを渡そうとする。
が、

「いや、このまま食う。折角男鹿が切ったんだし。子供の成長を見守る親御さん気分で。」

なんか、嫌に男前なセリフが返ってきたので、若干複雑な気分になったが、もっと格好悪い台詞が後付されて更にへこむ。

しゃく。

「うん。美味いな。」

でも、古市が笑ったので良しとする。

「・・・・この林檎さ、」
「んー?」

赤い皮が綺麗に光る林檎。
それを見ながら、古市は心ここにあらずと言った風に話し出した。

「この林檎、毒林檎だったらいいのにな。」
「ぶぅーっ!!!」

驚きすぎて、ゲホゲホと噎せ返る男鹿。
それでも、変わらぬ表情で古市は林檎を眺める。

「ななな、何言ってんだぁ?」
「だって、毒林檎を食べたお陰で王子に出会えるんだろ?」

ああ、白雪姫か、と一応納得した。まだまだ腑に落ちない点は多々あるが。

「あ、でも、白雪姫って女の子のほうだよな。何言ってんだろ俺!ははは」

急に現実に戻ってきたように、さっきまでの古市に戻った。
悪い、ボーっとしてて変なこと言った。と、謝る古市を無表情で見つめる男鹿。

しゃく。

男鹿の切った皮つき林檎を一口、口にする古市。
そのとき、

「ぇ、」

男鹿が古市の顎を持ち上げ、口付けた。
顎はがっちり固定されてビクともしない。
胸を押し返すが、男鹿と古市の力の差は歴然。

「んん?!ん、んぅ・・・、」

口をこじ開け、舌でその林檎の破片を探す。
その破片に舌を絡ませる。

「ん・・・・はぁ、」

そのまま、破片を奪って離れた。

「なにすんだよ!」
「なぁ、古市よ。」

さら、と、古市の頭を撫でる。古市も、男鹿本人さえも驚くくらい優しい手つき。

「な、なんだよ。」
「あの話ってさ、林檎じゃなくて、王子のキスのお陰で幸せになるんじゃねェの?」
「な・・・!」

古市の顔が林檎色になった。
それを見て満足げに笑った男鹿。

「っー訳だから、童話にちなんで結婚しよ…「なんでだよ!」

間髪入れずに、というか遮ってツッコむ古市。
男鹿は、普段からは考えられない顔で、優しく微笑んで言う。

「なんででも、だ。」

2度目のキスは、誓いのキス。




よし終わろうすぐ終わろう直ちに終ろう。

お粗末さまでした。
 

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