赤い涙

□小学校高学年
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小学校五年生の時であった。


「今日体育50m走だね〜〜!」


「私走るの苦手だからやだなー…。」


「名前ちゃん足早いから羨ましい!」


『そんなことないよー!』


小学五年生ともなれば、少しませてくる年代でもある。
彼女たちも例外ではなく…。


「ねぇ、足が速いっていえばさ赤司君だよね!」


「分かる!しかもかっこいいしね!」


「同い年とは思えないよね〜!」


「名前ちゃんって赤司くんと幼馴染なんでしょ?」


『ん?あー…まぁ。』


「え〜、いいな〜!」


チラリと名前は征十郎の方へと視線を向ける。
男の子のグループの中心にいる彼は、この小学校でのいわゆるアイドルとかいうやつである。
容姿端麗、運動神経もよければ頭も良い、そしてなにより性格も良いとなれば、欠点など一つもない。


『でも、小学校上がるくらいまでだよ、仲良かったの。』


「それでも幼馴染って響きがいいんだってば〜!」


『…そんなもんかなぁ…?』


幼い頃から一緒にいる名前でも分かる。
征十郎はかっこいい、だが、かっこいいと思うだけで恋愛感情なるものは特別抱いていなかった。
よく彼が呼び出されて廊下で女の子に手紙を渡されている姿を見ても、告白されている姿を見ても、特別名前はなんとも思わなかった。


「ほら名前ちゃん!早くしないと遅れちゃうよ!」


『あ、ごめん!行こ!』


そうこうしているうちに、あと4分ほどで授業が始まってしまう時間だった。
体育着で昇降口を出て運動場へと向かった。




「位置についてー…よーい…どんっ!」


先生の合図と共に、2人で一斉に駆け出す。
クラウチングスタートなるものでスタートをするため、少々苦戦している子もいた。
順々に走っていって、名前の番になった。
隣をチラリと見れば一緒に走るのはなんと征十郎であった。
「よろしく」と彼は短く言うと、クラウチングスタートのフォームを作った。
名前も彼と同様の動きをしてから、先生の号令を待つ。


「位置についてー…よーい…どんっ!」


その合図と共に二人、同時に駆け出した。
…が、ゴールをした時には征十郎の方がわずかに早かった。


「征十郎くん、8.2、名前ちゃん8.5。二人とも速いねぇ。」


先生にお褒めの言葉を頂いてから、名前と征十郎はスタート位置へと戻る。
その間、会話はなし。ただ、並んで元の位置へと戻る。


「名前ちゃんやっぱり速いね〜!」


「赤司くんと同じくらいだったでしょ?!」


『いや、でも征ちゃんのが速いよ。』


「うう〜…次私の番だから皆応援してて〜…。」


「任せて!ばっちり応援してるから!」


『頑張ってね!』


「ありがとう〜…!」


小学生の会話はコロコロ変わる。
あっちへ行ったりこっちへ行ったり…。
次はどうやら名前といつも一緒にいるグループの女の子が走るようだ。
クラウチングスタートの形でスタートした…のだが。


「キャッ!」


ズサァッ!と綺麗に彼女はスタートして10mとのところで転んでしまった。
名前たちは何のためらいもなく、その女の子のところへと駆け寄っていった…のが行けなかった。


「先生ー!!結構酷い!」


「あちゃ〜…本当だな、立てるか?」


「へーき!うちへっちゃらだよ!」


皆がそれぞれに声をかける中、名前はその場から動けずにいた。
視界に入った朱。
ドクンと心臓が波打つ。


(どうしよう…


 こんなところで倒れる訳にはいかないのに…)



「名前ちゃんどうしたの?」


声をかけていった中のひとりが名前の様子がおかしいと気がついたのだろう。
近寄ってきたのだが、名前は返答することができない。
そればかりかだんだんと視界がブラックアウトしていくではないか。


(あぁ…もうだめだ…)


意識が朦朧としてきた、その時であった。
グッと腕を後ろに引かれ、名前は意識を一気に覚醒させる。
倒れそうになったところを誰かの腕に支えられたようだ。


「すまないね、実は名前は今朝から調子が悪かったんだ。」


そして後ろから聞こえた懐かしい声と話し方。
ふわりと包む優しい香り。
ゆっくりと名前が振り返るとそこにいたのはやはり想像したとおり幼馴染の征十郎であった。


「あ…そうなんだ…確かに顔色悪いかも…!
名前ちゃんも保健室行かなくちゃ…!」


「大丈夫、俺が連れて行くよ。先生に言っておいてもらっても大丈夫かな?」


「うん、大丈夫だよ、名前ちゃんお大事に!」


その体制のまま、征十郎は駆け寄ってきた名前の友達の女の子に言伝を頼むと、ふぅ、と小さくため息をつく。
名前は征十郎に自身の発作のことを特に話したりしたわけでもなく、今までも彼の目の前でそういった症状が出たこともないので、知られているはずがないと思っていた。
いや、真実彼は知らないのかもしれない。


「大丈夫?名前。」



「う、うん…平気、ごめん。」


ここ2年程、ろくに話していなかったためか、名前は少し顔を赤らめて下を向いてしまう。
ただでさえ美形な幼馴染である。
そんな彼に優しくされて嬉しくない女がどこにいるであろうか。
しばらくそうしていると、征十郎は耐え切れなくなったようにグイッと名前の腕を引く。



「えっ…ちょ、ちょっと…。」



「保健室。」



「え?」



「…お前の友達にああいった手前、保健室に行かなければならないだろう?」



「あっ…。」


そういえば、と名前は思い出す。
すっかり彼に魅了されて忘れていました、じゃ元も子もない。
途端に違う羞恥心がこみ上げてきて、顔を真っ赤にしてしまう。
そんな彼女を見て、征十郎はフッ…と小さな微笑を浮かべると、名前の腕を引くのをやめ、その場に立ち止まった。
くるりと体の向きを名前に向けて、ズイッと顔を近づけると、名前の顔は面白い位に真っ赤に染め上がる。
そんな反応を見て楽しんでいるのだろうか、征十郎は小学生とは思えない程、大人びた微笑を浮かべながら名前の頬を撫でる。
そして、彼女の耳元に征十郎は口を寄せる。



「全く…俺に秘密事を作るのは構わないけれど、そういつまでも隠し通せると思わない方がいいよ。」



「!?」



知られていないと思っていた名前は瞬時に征十郎から離れ、驚いたように彼の顔を見る。



「な…んで、それを知って…。」



青ざめる名前とは対照的に、征十郎は少し切なそうな顔をしてから、ゆっくりと口を開く。


「何年一緒にいると思ってる?そしてお前を何年見続けてきたと思ってる?」


まるで、大切な宝物でも扱うように、彼は腕を伸ばし名前の髪をゆっくりと撫でる。
そんな彼の言動が、表情が、名前には理解ができず、何も言うことができなかった。

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