Zzz

□序章
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「それでね!!!!ほんっと王子様みたいに現れて!私にタオルと傘渡してくれてそのまま別れちゃったんだけど…!」


なぜかびしょ濡れのままうちにきた名前に理由を聞けば傘を忘れたからだという。じゃあその手に握られている傘はなんなんだと聞けば、冒頭に戻るわけである。


「あー!もー!うっせぇ!俺受験生なの!わかる!?」



こいつの口から他の男の話を聞くのはこれで何度目になるだろうか。
付き合ったのは今の今までひとりだが、結構みんなから好かれる体質なだけあってこいつの周りにはいつもたくさんの人がいた。当然その中には男もたくさん含まれているわけで。
少し嫉妬してしまっている自分に腹を立てながらいすに当たる。
これがいつものことだから別にこいつはこれくらいでビビったりはしないわけなんだが。
声の主の方を向けば、ひよこのように唇をツンッと尖らせていた。あんだよお前、ちびま○子かなんかかよ。


「わ、わかってますぅ!てかいいじゃん、まだ受験まで時間あるしよっしー頭いいじゃん、大丈夫だよ。」





その言葉を聞いてから俺は笑顔で名前に鉄槌を食らわす。
こいつ勉強しやがらねぇくせに頭いいからムカつくんだよな。





「その油断がいけねーの!ったく、俺に毎回毎回そんな話ばっかりしてよー…他にそういう話する奴いねぇのかよ。」


その瞬間、俺は踏んではいけない地雷を踏んだ気がした。
ハッとして彼女の顔を見るとそりゃもうお通夜のような顔。


「…ごめん、悪かった、聞かなかったことにする。」


その状態に素直に頭を下げる。
名前の周りは進学ではなく就職をする人が多かったためか、こいつが大学生ライフを満喫している時にそうそうと友人たちは結婚、結婚、結婚。
気が付けば周りのみんなはもう家庭持ちでキャッキャしてる名前の相手をする暇もないくらい子育てに没頭しているらしい。
ただ、名前も結婚する機会がなかったかと言われればそうではない。大学生のときには彼氏がいたし、そいつと結婚するもんかと俺は思っていた。
昔からこいつに近づいてくる男を裏で遠ざけていたのは紛れもないこの俺だ。
小さいころは無意識で名前を取られまいとやっていたことだが、中学の1年の頃辺りに軽く意識し始めて、今ではすっかりこいつに惚れている。
…性格がこんな感じになっちまったのも意識し始めたぐらいのころか。
恋愛とかいうやつにまるっきり縁のないうちのお嬢さんをその彼氏とやらに任せたのはそりゃ大事にしてくれると思ったからだ。じゃなきゃ俺がこいつから遠ざけてる。
なにより名前が初めて本気で惚れた相手らしく、見てるこっちにも伝わってくるほどウゼェ好き好きオーラに俺が折れたってのが本当の話。
…だって、こいつがこんなに幸せそうな顔してんだ。それをつぶせるわけがねぇだろ?
こいつが帰ってくる前に「別れた」という話を電話で聞いたときにはその男殴りに行こうかと思ったが、こいつがどうせ泣いて帰ってくるだろうなぁと家で待っていたのに、あろうことかこいつ笑顔なの。なんなの、轢かれたいの。

俺が謝ったからか、それとも単に話を聞いてほしいだけなのかはわからないが、彼女はバッと顔を上げて先ほどの話を続ける。


「まぁ、とにかく、その子なんだけど。うちの生徒、絶対、だって学ラン着てたもん。この辺で学ランの高校なんてうちの生徒くらいじゃない。」





「そりゃうちの学校のやつだな、確実に。」





「んで、名前聞きそびれちゃったし、傘とタオル返さなきゃと思って特徴覚えたの。」





「おう。」





「まず黒髪。」





「まぁほとんどの奴は黒髪だろうな。」





「…。」





「俺はこれ地毛ですゥ!!!!!元々!生まれつき!知ってるだろ!!!」





「…んで。」





「無視かよ。」





「前髪がね、触覚みたいで。」





「…おう。」





「つり目で瞳は灰色。」





「……おう。」





「あと、秀徳のエナメル持ってた、よっしーと同じやつ。」





「…………。」


もう前髪の下りを聞いた時点で俺はあるひとりの人物が思い立っていたが、他の特徴を聞いて確信した。
あいつだ。ぜってーあいつだ。








「…よ、よっしー?」





俺が俯いてワナワナと肩を震わせていたからか、名前は心配そうな顔をして俺の顔を覗き込んでくる。ヤメロ。
まぁ、ここでシラ切っても意味ねぇし、壮大なため息をついてから名前に向き直る。


「あのな、名前、これだけは言っとくわ。俺そいつ多分知ってる。いや絶対知ってる。」





「えっ!?!?本当!?!?」


俺の言葉に両手を上げて喜ぶそれは昔から全く変わっていなくて。
少し微笑ましいと思いながらも、もし違ったらなぁと思い、彼女に写真を見せることにした。
少々めんどくさそうに頭を掻きながらもう一度チラリと彼女を一瞥する。…うわ、めっちゃ期待してる。こいつめっちゃ期待してる。そこでもう一度ため息をつく。
…俺最近ため息ばっかついてる気がする。なんでだ。
仕方がねぇから引き出しを引っ張り、確かこの辺に前レギュラーで撮ったやつあったなぁと写真を漁る。
そこでひょこっと名前が俺の机の中を覗くと特に興味もなさそうに「わぁ。」とこぼした。
彼女の目線の先には俺が推してる「みゆみゆ」の写真の束。


「なんだよその目は、いいじゃねぇか、好きなんだよ。」


人の嗜好をどうこう言われる筋合いはねぇ。
写真の束を数え始める名前の頭を笑顔で、自身の手で鷲掴みにする。ようやくおとなしくなった。
そんなこんなしてる間に俺は一枚の写真を取り出して彼女の目の前に差し出す。


「お前が言ってるの、コイツだろ?」


と俺は迷わず、今年入ってきためっちゃうるせぇ一年。高尾和成を指さす。
…が、彼女はソイツよりももうひとりのめちゃくちゃめんどくせぇ一年の方を見る。
こいつの言わんとしていることはじゅうぶんすぎるほどわかった。


「言っとくけどこいつも地毛だからな。」


そう、彼女の視線の先にいるのはおそらく、キセキの世代、緑間真太郎だろう。
確かにこの緑の頭はとても目立つ。入学式の時、赤茶や金髪はいたがさすがに緑はいなかった。俺も最初思ったよ、緑ってどんなチョイスだよってな…。



「いやいや、緑が地毛ってやばいでしょ、お母さんとお父さん髪の毛の色どんな?青と黄色?」


「それなら俺どうなるんだよ…。」





「いやだって、おじさんとおばさん金髪じゃん。」



こいつが真面目に考えてるもんだからまぁ、面白くなかったといえば嘘になる。
だが、そんなことをしていたらラチがあかねぇし、何しろ俺も勉強に集中できねぇ。
もう一度俺が高尾を指差すと彼女はわかりやすいくらい明るい表情を浮かべ


「そいつだ…!」


と嬉しそうに言った。
だから俺はそんな彼女をみて思い切り顔を歪めため息をつく。
あんのやろ…こいつを慰めるのは俺の役目だってのに…!
そんな俺の気持ちが言葉にこぼれていたのだろうか。


「いや、彼何も悪くないから…というかそれ彼女いない僻みでしょちょっと…。」


「うるせぇ。」


冷静にツッコミを入れてくる辺りこいつはまだ気がついちゃいねぇらしい。
俺が死ぬほど名前に惚れてるってことを。
そんなことがチラリと頭をよぎり、少々恥ずかしくなった俺は照れ隠しとまではいかねぇが、一つ言葉をこぼしてから机へと向かった。


(…さて、明日高尾をどうしてやろうかな。)

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