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□なんでも屋
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黒猫





黒猫を連れたサックス吹きがいました
毎日夕方5時きっかりに吹き始め
6時きっかりに吹き終わり
気がつくと消えているという変わり者でした
白いパーカーに黒いズボン
緑のキャスケットをかぶった
茶色いくせ毛の青年でした
聞いてくれた人にきちんとお礼は言いますが
口数は少なく笑いませんでした

黒猫はいつも青年の後ろで寝ていました
聞いているかのように時々耳を
パタパタさせたり
退屈そうに(もしくは満足そうに)
あくびしたりしていました
でも町の人がさわろうとすると
キッと黄緑色の目を見開いて睨むので
誰もさわれませんでした


1人と一匹は
お互い独りの時に出会いました


青年がサックスを磨いていると
どうしても消えない黒い影がありました
どうやっても消えないので半ばあきらめかけたとき
その影に目があるのに気がつきました
そしてサックスに黒い動物が写っているという結論に至りました
その目はじっと青年を見つめました
青年はその目をじっと見つめ返しました
黒い影はそろそろと消えていきました

その日から
青年が外でサックスを吹くと
黒猫がやってくるようになりました
(理由は黒猫に聞いても分からないでしょう
猫は気まぐれな生き物です)
青年は食べ物を分けてやったり
撫でたり話しかけたりするようになりました
1人と一匹は友だちになりました

そんなことが延々と続いたある日
黒猫の足に当たった石が
サックスに入ってしまいました
青年は黒猫をしかりました
まるで飼い主であるかのように
初めてのことでした
すると黒猫の目の瞳がすぅっと細くなり
サックスに写っていた時のように
青年をじっと見つめました
しかし青年は厳しい目で見るだけでした
黒猫は2、3歩下がると
突然サックスの中に無理やり入りました
青年が捕まえようと広げた掌の上を
黒猫のしっぽはすり抜けました


しばらく待ったり叩いたりしましたが
黒猫は出てきませんでした


しかたなく青年はめちゃくちゃな演奏をしました
ひどい音を出せば出てくると思ったのです
しかしどんな吹き方をしても
素晴らしくきれいな曲になってしまいました
誰もがこちらを見て
楽しそうに踊ったり
感動のあまり泣き出したり
大量の硬貨を投げたりしました
誰もが黒猫のことを忘れ
青年の曲を聞いていました


青年は必死に指を動かし
なんとかひどくしようとしました
しかし曲は美しくなるばかりでした


黒猫は出てきませんでした


ついに青年はサックスを地面に叩きつけました
そして崩れた塀のレンガで
容赦なく打ちました


それでも黒猫は出てきませんでした


すべてを壊し尽くしたとき
遠くからあの視線を感じました
青年はそっちへ走り出しました
そして帰ってきませんでした
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