冬草鏡

□黒々ランデブー
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ある日、一通のメールが届いた。
【や、はじめまして。いや、久しぶりかな?】
全く知らないメールアドレスだったのでそのまま無視させてもらった。しかし、そのメールはそれから一週間ほどたって同じメールアドレスからまたメールが届いた。
【無視とはひどいなぁ、こんなにそばにいるのに。一週間ほど君のことを観察していたけど、本当に暗い人だね、君は。かわいそうになるよ】
「っ、余計なお世話だっ!」
思わず机をたたいてしまった。少し掌が痛い。それにしても自分は一週間も観察されていたのか。
どんなストーカーだ。
【窓の外を見てごらん。僕はすぐそばにいるよ】
もう一通メールが届いた。
……窓の外?
しかしここはマンションの九階である。窓の外といったって、特に何もないはずだ。そう思ってカーテンを開けてみた。そこに見えるのはいつもの風景。特に変わったことはない。
【まだ気が付かないのかい?】
またメールが届いた。
「気づくか、阿呆!」
再び机をたたいてしまった。また掌がひりひり痛む。これでまた机が痛んでしまう。
【さっきからカラスが旋回しているだろう! それが僕だ】
またしてもメール。確かにこのメールアドレスにはcrowの文字が。しかし、それが真実とは限らないではないか。
【疑っているようだが、僕は本当にカラスだよ。なんなら本当に窓でもつついてあげようか? まぁ、そんなことをしなくても窓を開けてくれないか? 飛んでいるのはなかなか疲れるんだよ。】
……勝手に疲れてろ。
【じゃあ、お前がこの部屋に入ってきてそれを証明するならいいよ】
返信。
【わかった。それなら窓を開けてくれ】
自分の部屋には窓が一つしかない。自分から言い出したのだし、と窓を開ける。空中を旋回し続けていたカラスはこちらに気が付いたかのようにカァーと大きく鳴く。バサバサッという大きな音とともに黒い物体が自分の部屋の中に入ってくる。
「……お前、本当にただの烏じゃないのか?」
「もちろん」
無駄だと思って話しかけたものだから返事が返ってくるとは思っていなかった。だからと言っては言い訳になるのかもしれないが、そのおかげで驚いた。
「僕は喋ってるんじゃないよ。僕自身の思念を人間の波長と合わせて飛ばしているんだよ。だから僕の声帯から出ているわけじゃないよ。その証拠にほら、口はさっきから開いていないでしょ?」
「ずいぶん便利な能力だな」
「おほめに預かり光栄だよ」
……ついでに便利な思考回路だな。
「そんなに便利じゃないよ、烏ごときの知能は」
「人の心を読むな」
「読んでるんじゃない。僕は君から発せられる微弱な電磁波にチャンネルを合わせているから君のことなら大体わかるんだよ」
「っていうか今すぐ出てけ」
「何で!? 君が入って来いって言ったんだよ?」
「何でじゃない。烏がこの部屋にいることがいやなんだ。わからない?」
「烏じゃなきゃいいんだろ」
そういうわけでもないんだが。まぁ、ここに自分じゃないものがいるってことがいやなだけだけど。これはわがままになるだろうか。
「これでいいだろ?」
声(正確には微弱な電磁波から伝わる思念)が聞こえたほうへ目を向ける。
「なっ…………」
驚いた。
「ほら、君の大好きな人間様だ」

「僕っ娘……だと?!」

目の前にいたのは綺麗な女の子だった。ずっと僕僕言っているから同性だと思っていた。
「っていうかお前、烏じゃないのか。変身とかそんなトンデモ能力あったんだな。反則だろ」
「いやー、僕は烏だけどトンデモ能力があるわけじゃないよ。この先天性思念伝導術及び変化は僕だけが授かっている能力だからね。羨ましいかい? ふふっ、譲ってあげないけどね」
……別に譲ってもらおうとは考えていないが。
「……烏が何しに来た」
一瞬戸惑ったのは、呼び方。烏に名前なんてあるんだろうか。もしあったのなら自分がおい、人間と呼ばれたのと同じではないか。
「烏、だなんて心外だなぁ……。僕にだって名前はあるんだよ。れっきとした名前が」
「……悪い」
今回ばかりはこちらが分が悪い。
「僕の名前は東京郡御代垣町(みよがきちょう)のエデュ・クウネルだ」
なんだその頓珍漢な名前は。
「エデュ・クウネル? 食って寝るのか?」
「違う! 東京郡御代垣町のエデュ・クウネルだ!」
「長い」
一蹴。少しはわかりやすい名前になってくれないか。
「略せないのか?」
「烏は皆僕のことを御代垣のクウネルと呼ぶ」
「要するに、御代垣が苗字でクウネルが名前だな」
「違う! 御代垣はその辺にいる烏全員に共通する名前だぞ! 聞き分けがつかなくて困るじゃないか。僕はクウネルだ! クウとでも呼べ」
ずいぶん偉そうじゃねーか、この野郎。
「自分の堪忍袋の緒の脆弱さは自分が一番把握してるんだが、お前、覚悟できてんだろうな? あ?」
「そっ、そもそも人間ごときが烏様の名前を聞くこと自体がおかしいんだよ! わかってるのか? 僕らがいるおかげでお前らがいるんだからんな!」
それを言ったら逆だって道理だ。
「はぁ、もういい。烏の知能レベルは理解した。で、クウさんや。何で人間とコンタクトとった? どうして俺なんだ? 墓にもいろいろ選択肢を持っていたと思うんだが」
あぁ、久しぶりに一人称が俺になった。ドレだけ動揺してんだよ。
「そうだね。理由としてはまず君が僕の友達だったクロニクルの飼い主さんと仲が良いこと。あとは君の部屋の広さと人格かな。何となく好物件だと思ったから……かなぁ。まぁ、クロニクルの飼い主に直接話しかけてもよかったんだけどねぇ〜」
間延びした声で言われても。そもそも何でこんなことしているんだ。
「あ、僕の最大の目的はクロニクルの奪還だよ。そのためにここまでメンドクサイことしてるんだから、協力してよね」
美少女にせがまれるというのもなかなかグッとくる……じゃなくて、クロニクルってなんだ。
「あぁ、クロニクルは君の従妹の紗羅ちゃんが飼っている猫の正式な名前だよ。同じくクロニクル・クロッシングだ。知らないのかい? 君の大事な紗羅ちゃんの飼い猫のこと」
プププと笑いながら話しかけてくる。
「紗羅の飼い猫の名前はポッケだと思うんだが」
「それは彼のニックネームだよ」
はぁ、さいですか。
「僕は彼との仲を修繕したいんだよ。君にはわからないだろうけど、彼と僕は愛し合っていたんだよ」
烏と猫か。
「と、いうわけでとりあえず紗羅ちゃんの家まで連れて行ってほしい」
「さすがにこの時間に行くのは無理だな……。あっちは箱入りの御嬢さんだし」
「僕からすれば君だって箱入りのお坊ちゃんだよ」
……そうだろうか。
「まぁ、いいや。とりあえず、連れて行ってほしいんだよ」
「明日まで待ってて」
「明日っていつだ?」
「寝て、起きたら明日だ」
「わかった。じゃあおやすみなさーい」
「おーい待て待て待てお嬢さんや。君はどこで寝るつもりだ?」
「君のベットだが」
「ふざけんな」
寝転がっているクウをベットから引きずり落とす。
「痛いじゃないか、何するんだよ」
「俺のベットで勝手に寝んじゃねーよ。烏に戻って丸くなって寝ろ」
「ひっどい! こんな純情可憐な乙女にそんな酷い……。男として君の思考回路はぶっ飛んでいるんじゃないか? こんなかわいい子がこんなに誘っているんだからのっかたらどうなんだ。連れないやつだなぁ、全く」
「おいおい、今俺がお前に手を出したら犯罪だろうが」
「そうかな? 僕たちの間だと結構盛んにおこなわれているんだが」
「それは烏と人間の違いだ」
「まぁいいや。おやすみ」
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