短編小説
□聖夜の天使
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「ハッピークリスマス、アルス」
ふわりと一陣の風を纏い窓の縁に少女が舞い降りた。
その服装こそどこにでもいそうなボーイッシュな感じなのに、その背中にはとても綺麗な純白の羽翼が広がっている。
まるで彼女だけが現実と幻の混ざりあった世界にいるような感じだ。
「って、また陰気クサい顔をして! クリスマスくらいハッピーな顔をしなさい」
「……ハッピーな顔って何?」
「ほら、アタシみたいに笑うの。じゃなきゃ病気、治らないよ? 病は気からって言うんでしょ?」
床へと降りた彼女はニコニコという効果音が聞こえそうなほど見事な満面の笑みを浮かべる。
そんな彼女に背を向け、ボクは掛け布団を頭からかぶった。
すると、
「あ、コラ! アタシを無視するなっ!」
すぐに掛け布団を彼女にはぎ取られてしまった。
それでもなんとか掛け布団を取り戻し、また頭からかぶる。
すると布団越しにわざとらしいため息が聞こえた。
「まったく、グレ…うん? スレるだっけ? うーん……とりあえずアルスはガキだねぇー」
「ウルサい。ボクと大して変わらない歳だろ」
ギッと掛け布団の隙間から彼女を睨み付ける。
だけど彼女は満面の笑みを崩さず、その表情に似合わない少し下品な笑い声を上げた。
「アタシとアルスが変わらない歳? ないない。これでもアタシは天使よ? 見た目こそ人間の子どもと大して変わらないけど、一応300オーバーだから」
「はぁ!? それで300!?」
「そ。でも別に神様がロリコンってワケじゃないから。むしろロリコンな人間が多いからアタシたちがこんなんなの。まったく」
ロリコンなんて全滅すればいいのに。
低く小さな声でそう言ったように聞こえた気がしたが、彼女の笑みは何事もなかったように変わってはいなかった。
「……で、なんの用だよ。何もないなら早く帰れ。今のボクは誰とも会いたくないんだ」
「あっそ。せっかくアルスとクリスマスを祝おうと思ったのになぁ。ほら、ケーキもあるよ! チョコに生クリーム、そしてシュークリームとアップルパイだよ」
「シュークリームとアップルパイはケーキじゃない」
「そうなの? でも甘いし美味しいからいいじゃん。あ、それにプリンもあるんだった」
「……ここ、病院。しかも入院病室なんだけど?」
「だから? それよりアルスは何がいい? 天使仲間は人間の男の子にはチョコがイイって言ってたけど、アタシのオススメはシュークリームかな。カスタードが甘くて美味しいの! でも生クリームもいいよ。イチゴが甘酸っぱくて生クリームに合うの。あとプリンもアップルパイも美味しいよ。もう全部オススメ!」
「……はぁー」
小さな子どものように目をキラキラさせ語る彼女は、とても300オーバーには見えない。
そもそも彼女が天使だと、ボクは信じてはいない。
確かに彼女の背中にはとても綺麗な羽翼がある。
だけど、その羽翼で飛んでいる姿をボクは1度も見たことがない。
来るのは決まってボクが窓から視線を逸らしている時で、窓の縁もしくは病室の床に着地するところしか見ていない。
去る時に到っては彼女が窓から飛び出た途端に強い風が起こり、その姿を見ていられない。
風が止んだ頃にはもうどこにも見当たらない。
つまり天使の確証がないからボクは信じられない。
たとえ、その背中に羽翼があったとしても。
「あ、そうだそうだ。クリスマスプレゼントを忘れてた!」
ケーキの入っている箱を覗いていた彼女はそれを近くの台に置くと、ボクの手を掴んだ。
「ちょっと窓まで来て」
「なんで?」
「いいから早く。早くしないと見逃しちゃう!」
グイグイ彼女に引っ張られボクは窓までやって来た。
すると、窓の外には一面の白銀の世界が広がっていた。
「道理で寒いワケだ。で、これがクリスマスプレゼント?」
「まさか。こんな雪如きなんていつでも見れるじゃない。じゃなくて上。えっと……空! 空を見て」
「空?」
見上げるとそこには雪のせいか曇天の、月すら見えない空が広がっているだけ。
そこに何かあるようには思えず、彼女の意図がまったく読めない。