短・中編小説

□青空サボタージュ
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 殺して下さい、と叫んだ。


 空に向かって屋上で。その言葉に大した意味などなかった。



 今は授業の真っ最中。



 有名進学校に通っている真面目達に、「サボる」という考えを持った人間はいない。そんなもの、愚者の行いだ、満足に目標もない者の浅ましい考えだ、と見下しているからだ。



 故にここにいるのはたった一人。



 別に落ち零れ、という訳ではないし、寧ろ成績に関して言うならば、学年全体でも上位に席を置いている。

 将来を期待出来る程の、順位。



 けれど。

 だから、此の世に生を受けて初めて、学ぶことに背を向けた。




 詰まらない。




 理由なんてそんなもの。



 何かを考える時間が欲しかった訳でも、悪さをしたかった訳でもない。ただ単に「サボる」という行為への純粋な好奇心が、勉学に励むという、か細い意欲に容易く勝っただけ。



 まるで、悪戯が成功した子供のような気分になった。昂揚した気持ちに耐え難い喜びを感じる。肌を撫でる風はいつもと大差ない筈なのに、どこか、くすぐったい。


 思わず目を瞑って一陣の愛撫を一身に受ける。緩やかに髪を揺らし、横を擦り抜けていく。



 溜息を吐けば、それさえも大気を動かした。



 コンクリートで塗り固められた無機質な壁に、黒い影が出来るのを見た。それを辿るように頭を上げ、空を仰ぐと、そこには一羽の鳶。時折声を上げては、ぐるぐると頭上を旋回している。





 どこから来たのか。

 餌を捕りに来たろうに、惜しいな。

 ここに、お前の糧はない。





 そんなことを思っている自分が可笑しくて、小さく笑いが漏れた。







 天気は、快晴。


 鳶の姿がはっきりと見える程の青さ。


 優しく吹く風は地の草木を鳴らし、立ち去っていく。


 耳に届くそれは、瞼を徐々に重くしていく。




 後に追ってくる睡魔に抗うことなく瞼を落とすと、遠くで終鈴の音が響いた。








 最後に聞いたのは、あの鳶が飛び去っていく羽音だった。




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