短・中編小説

□壊れかけ
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 僕と湊司が出会ってから、今日初めて喧嘩をした。

 今まで幾度か口頭での喧嘩はしたことはあるものの、殴り合いを含めた喧嘩らしい喧嘩は初めてだった。

 殴られた右頬に鈍く痛みを感じる。

 自分の怪我なんて、どうでもよかった。

 ただ、湊司を殴った左の拳がいやに痛みを孕んでいた。

 なんで、こんなことになったのか。

 原因は単純で、けれど僕にとっては至極重要なことだった。









 友達をやめよう。









 湊司にそう告げられた瞬間、目の前が真っ暗になって。

 意識を取り戻した時には、僕はひ弱なことその拳で目一杯湊司を殴っていた。



 なんで。


 訳が分からなかった。


 なんで、どうしてそんなことを言うの。



 癇癪を起こした僕に周りなんて見えていなくて。

 ただ、ぼやけた両目で湊司を見上げた。

 僕よりも数センチばかり高い位置にある湊司の顔を見た。




 泣いていた、と思う。




 はっきりとは分からない。

 湊司は人前で涙を流すような人間では無かった。




 ただ、静かに。


 そこで悟った。


 湊司の隣に僕はいてはいけない。

 湊司の家は少し、問題を抱えている。

 その問題の当事者である湊司の傍に僕がいてはいけない。



 湊司が、口には出さないものの、表情で訴えている。


 湊司は優しいから、言うんだ。


 友達をやめよう、って。


 そんな辛そうな顔をされたら、頷くしかないじゃないか。



 でも、最後だけ、僕の我が儘に付き合ってほしい。




 喧嘩別れに、しよう。




 一瞬湊司は瞠目して、僕を見た。

 その時の僕は、多分笑っていたと思う。


 僕が先に殴っちゃったから、次は湊司の番。

 手加減なんていらないから。

 そう言うと、湊司は苦笑しながら「ありがとう」と言った。


 刹那、右頬に鋭い痛みが走った。




 歪んだ顔で不器用に笑いながら、僕は「ありがとう」と言った。




 湊司。




 今まで本当に楽しかったんだ。


 僕は湊司と友達になれて良かった。





 思い出なんてものに浸る気はないけれど、偶には初めて出会った頃のこと思い出すよ。







 さようなら、ありがとう。


 僕のたった一人の友達。




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