短・中編小説

□珈琲の底
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 カップを持ち上げ、少ない一口を喉に流し込んだ。じわり、と滲みるように舌に伝わる苦味に、一瞬だけ眉を顰めた。


「何回言えば分かんだよ」


 頬杖を突いている目の前の人物にそう毒吐き、再びゆらりと揺れる黒に口を付けた。


 砂糖か、最低限ミルクが欲しい。甘党、と言うわけではないのだが、珈琲独特の苦味は不得手だ。

 カップの縁に唇を宛てたままじろり、と前を睨み付けると、そいつは小さく笑みを零すだけで、決して動こうとはしなかった。


 いつも、こうだ。


 他人の嫌いな物を熟知しているくせに、己は無知だ、と言わんばかりの表情を浮かべる。本当は、当人よりも理解しているに、だ。


 ごくり、と嚥下する度に舌が、喉が爛れていく錯覚に陥った。最早、何故自分が必死になってこの浅いカップん空にしようとしているのか分からない。嫌なら飲まなければいいし、それが出来ないなら、自分でシュガーポットなり持ってくればいいのだ。



 それでも、甘んじてカップを傾けているのは、目の前のこいつに愚かしくも惚れているからなのだろう。




珈琲の底
(飲み干した後に残ったのは)(苦味に麻痺した舌と)(笑顔のお前だけだった)




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