短・中編小説

□無情
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 六尺二寸の背を持ってしても、世界を見切ることは叶わなかった。地から上げた目に映ったのは、望んだ世界などでは決してなくて。

 見渡す限りの死屍。生命の活動を終わらせた肉塊。流れ出た血は、地に溶け、黒く変色していた。

 己が握っている刀は未だ鈍く光を放っている。まるで、新たなる命を欲しているよう。元は白かった陣羽織は、地を浴びて、紅く斑に染まっていた。

 伏している屍は、敵のものか、味方のものか。もう確認する気もない。重なり合って山を作っているそれを、烏のように漁る気はとてもじゃないが湧いてこない。

 皆、国の為に死んでいった。

 異国の民がこの国を侵蝕していく様に、目を向けていられなかった。

 耳慣れぬ言語、見慣れぬ服。髪の色も瞳の色も、何もかもが正に異質。軍法も兵器も、己達の記憶しているそれには程遠かった。

 上が奴らを懐に入れようとするのを恐れ、下は躍起になっていた。

 「夷を伐て」。その四文字を掲げ、刀を振るった。衰退の一途を辿る上に、それでも己達は命を尽くした。見返りなど、期待していたものなどありはしなかったのだが。

 長きに渡る己の戦いは、圧倒的な敗北に終わった。

 上方はもう既に異国を受け入れ、己達と対峙していたのだ。

 単純な、されど絶大な、裏切りだった。

 国はもう己の知るものではなくなっていた。

 紅い戦場でただ一人生き残ろうと、どうでも良かった。いっそ、討ち死にした仲間達と共に腐った世を見ずに朽ちてしまいたかった。

 この先見るであろう腐爛の予感に、歯噛みした。切れた唇から僅かに血が伝う。熱を帯びた痛みにはもう慣れてしまっている。唇が切れたくらいの痛みなど、最早感じていないも同然だった。身体中に跡を残す刀傷、打撲、火傷。どれも皆、己に地獄を見せてきた。その獄も、仲間が共にいたからこそ、乗り越えて来られた。

 走馬灯の如く駆ける記憶。

 笑う仲間達に、涙が頬を濡らした。

 この戦争が始まって、初めて流した涙だった。

 苦しいとも、悔しいとも、悲しいとさえとれない、様々な感情が渦巻いている。

 隠すことも拭うこともしなかった。自然のままに顎から滴り落ちていく。

 屍と屍の間から覗く黒茶の地に、雫が滲みた。




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