番外編

□Day & Pieces
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 桜田 鋼と言う人間について、俺は大して知っているわけではない。

 授業態度はともかくとして、成績優秀で運動神経もいい。加えて容姿端麗。どこの漫画の登場人物だ、と笑いたくなる。

 何より、色鮮やかに染められた、人工的なものとは思えない金糸は周囲の目を惹き付けた。噂に聞いたところによると、従兄弟に天海高校に通う不良がいるらしい。恐らく、その従兄弟の影響で染色したのだろう。


 周りが羨むその容姿も、頭脳も、桜田 鋼本人はさして気にしていなかった。自分に、無関心だったように見えた。

 同じ中学で、俺も不良紛いの生活をしていたが、同じ不良である筈の桜田とは会話をした記憶が薄い。

 一月に二、三度言葉を交わせばいい方だった。



 変わる筈のない、交わりを持たない平行線に転機が訪れたのは、俺と桜田が天海に入学して間もなくだった。






「桜田、飯食わんか?」


 行動を共にすることが当たり前になった俺達だが、今日は一人ばかり欠けている。椿、だ。


 転機を齎した、一般人。


 その椿は季節の変わり目に弱いのか、風邪で欠席している。

 椿を通してよく一緒にいるようになった俺と桜田だが、椿がいなければ交わされる会話はあまり多くない。何か、気まずいものがある。

 それでも共に昼食をとるあたり、仲が悪いわけではない。と、少なくとも俺自身はそう思っている。


「あぁ」


 がさり、と鞄からコンビニの袋を取り出した桜田を見て、俺は溜め息を吐いた。


「昨日もコンビニやなかったか?」


「今週に入ってから」


 毎日だ、と続けられ、俺は更に呆れた。今日は木曜日だ。今週に入ってから、と言うが、既に四日経っている。

 共に行動することが多くなってから、桜田の食生活がだだ崩れだというのに気が付いた。まぁ、俺だけではなく、椿もなのだが。

 三人の時は椿が呆れ口調でそんな桜田を窘める。


「そないなもんばっか食いよって……。ちゅーか少な過ぎちゃうか」


 取り出された袋の中に入っていたのは、小さめの惣菜パンとパックのコーヒーだけだった。

 ただでさえ育ち盛り。そんな程度で胃が満たされるわけがない。


「足りる」


 桜田は、もさもさ、と口に含みながら気怠げに言葉を返した。


「たまには作ったりせぇへんのか」


「朝に?無理だ」


 そう言えば、朝は滅法弱いのだったか。

 途切れた会話をさして気にせず、俺は自作の弁当をつついた。

 冷凍食品は使わない主義だ。たまに昨晩の残り物を入れたりはするが。


「つか、俺は一ノ瀬が自分で作ってるって方が衝撃的だけどな」


「そーかぁ?朝のおかずにもなるし、楽やん」


「そういうもんか」


「そういうもんや」


 一瞬の沈黙。

 桜田と話すと、必ず会話の端々にこんな“間”が出来る。

 元々口数が少ないのもあるだろうが、恐らく最たる原因は桜田の頭にある。

 無駄に優秀な脳を抱えているお陰で、桜田の言葉の処理スピードは尋常ではない。代わりに、考えすぎるのだ。

 きっと、今の桜田の頭の中を覗いたら面白いくらいぐちゃぐちゃだろう。しかも本人はそれをしっかり管理していて。他人から見ればただ汚い部屋も、持ち主にとってはその物の配置が一番都合が良かったりする。それと同じだ。


「……和泉の見舞いにでも行くか」


 唐突に発せられるようであっても、桜田本人の中では会話が成立しているから不思議だ。

 始めの頃は正直「こいつ大丈夫か?」と訝しんでいた。が、もう慣れてしまったし、何となくでも会話を繋げられるのだから良しとしよう。


「せやなぁ……。飯食うたらサボるか」


 慣れ、とはよく言ったものだ。

 たった数ヶ月しか付き合いがないにも関わらず、近くにいる筈のものがいないのは、ひどく違和感を感じる。

 恐らく、桜田もそうなのだろう。


「何か食いもんでも持って行くか」


 そう言った桜田の表情は、明るかった。




Day & Pieces


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