Black1

□Bloody Lips
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あたしが目を開けると――――

古めかしい洋風の部屋が視界に広がった。

「え…」

思わず寝ていた身体を起こす。目に映る光景に頭が追い付かない。あたりを見渡すと、高く細い窓と分厚いカーテン、絢爛なシャンデリア、天蓋付きのダブルベッド、いかついテーブルと椅子、華美な装飾の施された家具。足元に広がるカーペットまで緻密なデザイン。
窓の外は薄暗い。ただ、森林の中にある洋館、ということは見て取れた。

「………」

おかしい。なんであたしがこんなところに。
今日は修学旅行で京都に来てて、こんなとことは正反対のえらく日本風な観光地にいたんだけど。
班別行動の途中でお土産やさんに時間の関係で個人個人で行って、そろそろ待ち合わせ場所に行かなきゃって焦って走ってたとこまでは覚えてるのに。
きょろっと自分の周りを見ると枕元のテーブルにちゃんと鞄はある。服も制服だ。あたしはおもむろに鞄から携帯を取り出す。
圏外だった。
やっぱりなと溜め息をつきそうになって―――

「お目覚めか?honey」

身体の芯まで響き渡るそんな低音ボイスが耳元で炸裂した。

「ぎゃあああっ!」
「オイオイmoodもクソもあったモンじゃねーなぁ…ちょっとは空気読めよ」

涙目で振り返った先には絵に描いたような、右目が眼帯で大きめの黒いコートに身を包んだ男。話すたびに見え隠れする牙みたいな犬歯。
今まで気配すら感じなかったのにいつの間に傍に。

「な、なんですか!?急になんですか!?」
「Un?だから今回はVampireに扮してhoneyをドキドキさせるっつう」
「企画の内容聞いてませんから!今一気に冷めたよね数少ない読者様の空気が!」
「Ha!jokeの通じないガキだな全く。よし、とりあえず血吸わせろ」
「っは!?今の流れおかしいよ政宗!」

あ、あたしも設定無視して普通に名前言っちゃったよ!お互い名乗らない設定なのに!
すっかりムードのなくなった空気の佐中、急にダブルベッドがギシッと音を立てる。
意識が戻される。

「お前の血の匂い――遠くからでもわかった。こんな美味そうな匂いはそうはねぇぜ?」
「う、うま、そう…?」
「Ya…だから連れて来た」
「…っ、よ、寄らないで!」

シーツの上をにじり寄るヴァンパイア――あたしは行き場もないのに後ずさる。急に窓の外を強い風が通り始め、ごう、とあたりに響く。嫌な空気。

「寄らないでよっ」

背中がベッドの柵に当たり、これ以上後退できないことを知る。あたしは真っ直ぐ見つめるヴァンパイアから目を反らし、腕で彼を押し返そうとした。

「甘ェ」

のに、その腕はがしっと彼に捕らえられ。

「やだっ!離して!」
「Ah?暴れんなよ」
「やなもんはやなの!なんであたしがあんたに血採られなきゃいけないの、ふざけないで!」

背筋の悪寒が止まらない――頑丈そうな窓がガタガタと風に音を立てる。木々が揺れる。薄暗い室内。黒ずくめの吸血鬼。
ただ、怖くて。

「離して!離してっ!やだ、こんなのやだっ!」
「Shut up!!」

急に目の前で怒鳴られてびくっと肩が跳ねた。思わず彼を見上げると真剣な瞳がそこにはあって。
反らせない、と直感が鳴いた。
彼の手が首筋に伸びる。あたしは凍てついたように動けないでいる。指が首元の髪をそっと触れ上げた。「……っ」叫びそうになる。空気に曝される首筋。

「………」

すると彼はニヤッと口角を上げ。


「Sweet dreams, my dear」


あたしの首筋に牙を立てる。

「…ぃ、…った…!」
「……Don't say a word」
「んっ」

彼はあたしの口をその大きな手で覆った。あたしは縋り付くようにその腕にしがみつく。

「――んんっ…!…っあ…!」
「………」
「ん、ふっ…!…〜〜ッ」

生理的な涙が浮かぶ―――
同時に血を抜かれるおぞましい感覚。脳がいかれそうだ。身体が震える。

「ふぁっ……」

彼が首筋から口を離し、あたしの口からも手を離した。途端眩暈がしてあたしはヴァンパイアの腕にもたれ掛かる形になる。

「…ッ…」

何故か悔しくて精一杯自力で立て直そうとするのに、舌で唇を怪しげに舐める吸血鬼は意地の悪い笑みを浮かべるだけ。

――彼の口唇を滴る液体は全て、あたしの血液。

「It tastes Sweets…」
「うるさいっ…」

頬に熱がともり、顔を背ける。すると彼はあたしを包み込むように抱きしめた。

「もう逃がさねぇからな」
「な、に勝手に…」
「お前は全部俺のモンなんだよ。心も身体も…bloodも、全部」

バカじゃないの?
と反論することもできない―――
薄れていく意識の中、吸血鬼の小さな笑い声を奥で、聞いたような気がした。







Bloody Lips

―His lip was bleeding...―



20090604

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