その他

□もしもボクがいなくなったら
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もしもボクがいなくなったら





少しだけ寝坊してしまった。
カーテンの隙間から朝日が射し込んでくる。



朝食を作らなきゃ。
夜更かしをしたわけでもないのに、何だか目蓋が重く感じる。
でも起きなきゃ。食いっぱぐれてしまう。


やっとこさ目蓋をこじ開けると、目の前に誰かが立っている。
正確には“浮かんでいる”。
それは足どころか頭も胴も持っておらず――しかし手だけはある。
つまりはただの巨大な右手であった。

生き物かどうかもわからない。
顔もなく、普通は恐ろしいとすら思う姿なのかもしれないが、カービィには寧ろ滑稽なように見えた。


ただの右手。
だけれど彼は、どこに発声器官を持っているのか、きちんとした言葉を発してみせた。



「カービィ、だな」


「誰?」


「私はマスターハンド。……お前を迎えに来た、ただの神さ」



静かな声だった。
ウソをついている風ではなく、ただ全ての感情を排しようとしているように見えた。

マスターハンドと名乗った彼は、曰く神というものであるらしい。
その彼がカービィを迎えに来たと言うのなら、それはつまり……そういうことなのだろうか?



「お前の命は残り僅かだ。恐らく今日の終わりが刻限となるだろう」



相変わらず静かな声だった。

これがもしも尤もらしく大袈裟にしていたなら、カービィはきっと簡単に騙されたのだろう。
だけれどこの淡々とした言葉では騙されきることもできず、実感だけが湧かないまま彼の言葉を真実だと知るだけだ。

死ぬ。なんて考えたこともなくて。他人事のようで。
でもこれは他の誰でもなくカービィのことであり、ウソではない本当のことだと、頭で解ってなくたってどこかでなんとなく分かる。



「ボクはどうやって死ぬの?」


「どうやって? どうして、とは聞かないのか?」


「人が死ぬのに理由なんてあるの?」



一瞬の間があった。


その一瞬の後、マスターハンドは耐えきれず噴き出した。



「ぷっ、ははっ!! …そうだな。そういう風に………誰もが考えられたらいいのに」


「ひとのこと笑うなんて失礼なカミサマだよね!!」



カービィは枕でもいいから何か投げつけてやろうかと思ったが、どうせ大したダメージにもならなさそうだったので諦めた。

マスターハンドはひとしきり笑って、ようやく真面目な声に戻った。



「お前が死ぬ理由…じゃなかったな、方法はまあ、単純に病気だよ。 症状が出る頃にはもうタイムリミット直前になってる、そういう病だ」


「ボク、元気なんだけど?」


「自覚はないかもしれないが、もうかなり進行しているぞ。今から医者に見せたとしても助からない」



随分やっかいな病気にかかってしまったらしい。
未だに他人事のように考えてしまうのは、自覚症状がないからだろうか。

マスターハンドはなるだけ優しく穏やかな口調で続けた。



「最期の一日だ。できるだけ後悔のないように過ごすといい。…明日の朝、迎えにくる」



そう言ってマスターハンドが指を鳴らすと(彼にとっては身体そのものなのだが)、たちまち彼の姿は消えてしまった。
同時にテレビの音や、窓の外にいる小鳥の囀りが聞こえてくる。
カービィは今の今まで、全てが止まってしまっていたのだということに気づいた。

時が止まって、お腹も活動を止めていたのだろうか、突然お腹が空いてきた。
カミサマだとか、タイムリミットだとかは一先ず忘れてベッドを降りる。


テーブルには同居人がせかせかとお皿を並べていた。
カービィが起きないので、先に用意してしまったようだ。



「ありがとう、グーイ!」


「カービィ、起きたんですね。おはようございます」


「うん、おはよう」



朝食にはトーストと目玉焼き、サラダ、スープにヨーグルトといったスタンダードなメニュー。
もちろんそれだけでは足りないのでもう一品プラスするのがカービィ宅のお決まりである。
今日はイチゴのショートケーキ。
数あるケーキのなかでもカービィが最も大好きな種類。



「「いただきます!!」」



食べ物はゆっくりと味わいながら食べるのが礼儀だと、昔教えてもらったことがある。
…大概一口が大きいので他人よりも食べるのは早いのだが。





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