小話
□拍手おまけ
1ページ/1ページ
「これを受けとれ」
差し出されたのは、小さな包み。
「なんで?」
どうして受け取らなくてはならないのかとか、なぜ命令系なんだとか、だいたいこれはなんなんだとか、あらゆる意味を含ませた問いかけに、上司は笑顔で頷いた。
「ホワイトデーだからだ」
「…………はぁ?」
なにがなんだか。
エドワードは手に押しつけられた包みを見た。四角くて手のひらに乗るサイズの包みはきれいなリボンがかかっている。結構軽い。
「………あの、でもオレ。あんたにチョコとか、あげた覚えがねぇんだけど」
自分はこの男とは上司と部下の関係で、しかも男同士。バレンタインに女の子や知り合いの女性たちからチョコをもらった記憶はあるが、この男にあげた記憶はない。
「ホワイトデーって、バレンタインのお返しをする日なんじゃないの…?」
軍内部の女性たちからもたくさんもらった。だからお返しをするために来たわけで、上司に用があって来たわけでは決してない。
なのに来るなり廊下で捕まって、執務室に引きずり込まれたかと思ったらこれだ。まるで自分が来ることを知っていたかのようだ、と思いながら、エドワードはドアをちらちら見て、帰りたいアピールをしてみた。今頃はアルフォンスが一人でクッキーを配っているはずだ。弟もかなりの量をもらっていたから、返すのも大変なはず。早く行って一緒に配らなくては。
そんなエドワードの事情にはお構い無しの上司は、にこにこと頷いてエドワードの肩に手をかけた。
「お返しだけしかしてはいけないという決まりはないだろう、鋼の。今日は男性からプレゼントをする日だ。そうじゃないか?」
言われてみれば、そうとも言える。バレンタインは女性から、ホワイトデーは男性から。
「………でも、オレがなんでこれを受け取らなきゃいけないのかがいまいち理解できねぇっつうか」
「私は本命にしかプレゼントはしない。故に、きみにしか贈らない。そういうわけで、受け取りなさい」
「へぇ、本命だけか。意外と真面目なとこあんだな、あんた」
頷いて感心して、エドワードはふと気づいて上司を見た。
「………本命、だけ?」
「そう。本命だけ」
「で、……オレに?」
「そう。きみに」
「……………………」
エドワードは手の中の包みを見た。嫌な汗が滲む。
「………中身、なに?」
「ははは、心配しなくても危険物ではないよ」
「や、危険物とかじゃなくて……」
「なんだ?大丈夫、卑猥なものも入ってないから」
「ひ、卑猥ってなに。てかコレ、まさか」
まさか。
包みは小さくて四角くて固い。
なにかのケースのようだ。
そう、ちょうど指輪とかを入れるような。
「…………か、返したいんだけど……」
「返品不可だ」
「や、でも。なんかこれ、怖い……」
「怖がることはないさ。私の愛が詰まっているだけだ」
聞いてはならなかった言葉がついに耳に届いて、エドワードは弾かれたように後退った。だが、いつの間にやら背後は壁。
「きみが旅を終えるのを待っていたんだ。鋼の、私と結婚してくれ」
「お、オレ、えーと…た、確か男だったと思うんですけど………」
「この国の法律を知らないのか?同性婚は禁じられてないんだよ」
「いやそれは、まさかそんな奴がいるとは思わなかったから明記してないだけじゃないかと………」
「明記しないほうが悪い。私は本気だよ、鋼の」
「………えーと………」
「旅が終わり、アルフォンスも生身に戻り、きみも少しだけ大人になった。なにか問題があるか?」
「………あるような気がするんだけど」
「私にはない。幸せにするよ、鋼の。では早速今から愛を確かめ合おうじゃないか」
「え、遠慮したいな、とか思うんですが……」
「ははは。遠慮なんてきみらしくない。優しくするから大丈夫だよ」
優しくって、なにを優しくするの。
エドワードは逃げようと身を捩った。
だが、遅い。
上司はエドワードの腰を抱いていて、その力は意外と強い。顔は笑顔だが、どうやらかなり必死のようだ。
「逃がさないよ」
「逃がしてよ」
「ダメ」
エドワードは隣にある仮眠室に引っ張られ、成す術もなく鍵をかけられてしまった。
「エドワードくんは?」
「兄さんは准将のところです。はい中尉、お返し」
にこやかなアルフォンスに、ホークアイは不安な顔をした。
「准将、最近やけに浮かれてたけど。大丈夫なの?」
「さぁ。ボク、兄さんをここに連れて来いって言われただけだから。わかんないなぁ」
わからないと言うわりには笑顔全開のアルフォンスは、取り戻した生身の手でホークアイの手をとった。
「それより、チョコのお礼に食事でもいかがですか。いい店があるんですよ」
「あら。私、仕事があるんだけど……」
「中尉は夕方までで勤務終わりにするって准将が言ってましたから」
「准将が?」
「ええ。レストランの予約と支払いもすませてるんで、行きましょう」
にこにこ促すアルフォンスに、ホークアイは戸惑いながら頷いた。
予約と支払いは誰がしたか。それはアルフォンスと、今兄と一緒にいる兄の上司だけが知っている。
「頑張ってくださいね、准将」
アルフォンスは着替えを終えたホークアイと連れだって、兄を置き去りに司令部を出た。
振り向いたけれど、薄暗くなってきた時間なのに執務室にもその隣にも明かりはついていない。
兄の悲鳴が聞こえた気がしたが、気にしないことにしてアルフォンスは足を早めてホークアイにまた笑顔を向けた。
END,
ちょっと兄さん可哀想かな。