小話

□きみの瞳に乾杯
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『メリークリスマス!』

「…………メリークリスマス……」

『私は今、セントラル駅前に来ています!たくさんの人々が行き交っていて、皆さん楽しそうですー!』

「………はぁ、そうですか」

『ではちょっとインタビューしてみましょう!あのー、すいませーん』



「…………おい。ラジオ消せ」

ぷつん。

司令部に静寂が訪れた。
静まりかえった部屋の中には、残業中のロイと夜勤に当たったハボックだけが座っている。

「おまえな、いちいちラジオに返事するのやめろ。空しくなる」
「だって暇なんだもんよ」
机に足をあげた状態で椅子に座って、ハボックはため息をついた。
「だったらこれを少し手伝え」
ロイのデスクの上にはまだまだ大量の書類。クリスマスに浮かれたテログループが昼間に暴れてくれたおかげで、事後処理のためにいまだ帰れないでいる。
「やだね。手伝ったら終わっちまうじゃん」
「終わらせるために言ってるんだ」
「終わったらあんた帰るじゃん」
「帰りたいから頑張ってるんだろう」
「ずりぃじゃんか、あんただけエドとクリスマスとか。だから嫌だ」
「鋼のが家で寂しがっていたら可哀想じゃないか」
「………寂しがって…………くれてっかな………」
二人して深いため息をつく。年末になって休暇に入ったアルフォンスが泊まりに来ると言って喜んでいた金色の恋人を思い出した。今頃なにをしているだろう。久しぶりに会う弟と二人で………。

「少なくとも、寂しがってるってことはねぇな…………」
「…………………そうだな」

それからまた沈黙。
窓の外はネオンが輝いている。開ければきっとクリスマスソングが風に乗って聞こえてくるに違いない。絶対開けるもんか。

「…………はぁ………」
「…………ため息つくと幸せが逃げるぞ」
「こんな日に夜勤に当たった時点でもう逃げてるよ」

せっかくあの子を恋人にして初めてのクリスマスなのに、ついてない。本当についてない。



しばらくまた沈黙。ロイが紙にペンを走らせる音だけが部屋に響く。
こんなときに限ってなにも起こらない。ハボックの前に置かれた電話は鳴る気配もみせず、下士官や憲兵が駆け込んでくることもない。
暇だ。
ハボックは吸殻で満杯以上になった灰皿を見て、どこかに他に灰皿はないかと周囲を見回した。ロイは一枚書類を横に置き、次を取って資料が要るなと立ち上がった。
そのとき、ドアをノックする音が部屋に響いた。
「……………」
「……………」
顔を見合せ、肩を竦める。
「どちらさんスか?」
ドアに向かって返事をすると、ゆっくりとそれが開いた。

ぎぎぎ、と扉が軋む音とともに、廊下に立つ者の姿が見えてくる。

「……………」
「……………」

見知った存在ではあった。
確かに、知っている。
だが、記憶にある姿とはずいぶん様子が違うような。

「メリークリスマス」

重々しくそう挨拶をした人物は、この国の最高司令官。隻眼で、腰に剣を携えて、威厳に溢れていて。
そしてヒゲメガネをつけて、頭に赤と白のシマシマ帽子を被っていて、軍服の上からサンタの衣装を着ていて。

「…………えーと………」

どこからどう突っ込めばいいのか。
ていうかこの姿でなぜそんなに真面目な顔をしているんだ。

「…………大総統……いつ、こちらに………」

ようやくでロイが言うと、ブラッドレイは頷いて一歩部屋に入った。手にグラスを持っている。中身は酒だろう。

「うむ。エンヴィーがパーティに誘われたと言ってきてな、わしらもぜひ参加しようということで夕方からこちらに来ている」
「はぁ」
「で、皆で楽しくやっていたのだが。どうもな、心ここにあらずといった様子の者が一人いて。だから連れて来てやった」
「それはどうも……」
機械的に返事を返して、ロイはハボックを見た。ハボックも目を真ん丸にしてロイを見る。
ブラッドレイはうんうん頷いて、廊下を振り向いた。
「ほら、入りなさい」
それからロイたちに向き直り、パーティに戻るからと言って背を向ける。
「いや、ちょ、大総統!護衛は……」
「いらん」
「でも……」
「いい。きみたちは仕事を続けたまえ。その間、家は借りるよ」
「は?」
怪訝な顔の二人に、ブラッドレイは笑ってみせた。ヒゲメガネがいやに似合っていて、微妙な気分になる。

「パーティのお誘いは、エルリック兄弟からなんだ」

「はぁ?」
「えええ?」

驚く二人に手を振ってブラッドレイが出て行くと、代わりにドアから金色の頭がこそっと顔を出した。

「…………ごめん」

ドアから入って来ないままエドワードがぽそぽそと言うには、二人が仕事で帰れないことがわかったときにたまたまエンヴィーから電話がかかってきて、パーティをしようかということになったらしい。
「エンヴィーと、あとラストが来るくらいかなと思ってたら大総統と息子まで来てさぁ……びっくりした」
「そうか」
友達を呼んでクリスマスを祝うくらいで咎める気はない、と二人は笑って頷いた。これがエドワードだけしかいなくてエンヴィーだけが来たというなら笑うどころではないが、アルフォンスもいるし他の者もいるという。だったら問題ない。

なによりエドワードは寂しがってくれた。それだけ人数がいて、弟もいて、騒いでいるときにも。
自分たちを思い、ここまで来てくれた。それで充分だ。

「エド、廊下は寒いだろ?入って来いよ」

「うん………でも」

「いいから早く。風邪をひくよ」

手招きされて、おずおずといった様子でエドワードが入ってきた。

その瞬間、ロイもハボックも動きを止めた。
目を見開き、口を半端に開けたまま目の前の恋人を見つめる。

赤と白のミニスカート姿の可愛らしいサンタが、頬を染めながらドアを閉めた。

「は………………鋼の、その姿は……………」

「………ここ行くなら、これ着て行ったほうが喜ばれるって……ラストが」

もじもじするエドワードは、いつもの強気な彼とは別人のようだった。恥ずかしいのだろう、裾をしきりに引っ張って足を隠そうとしている。白いタイツに赤いブーツの足は太ももまで見えていて、それが気になるのか妙に内股で。

喜ばしい。

大変喜ばしい。



ロイとハボックはまた顔を見合せて、それからデスクの未処理の書類と机の上に座った電話を見た。




仕事なんてやってられるか。




二人はすべてを投げ出すことに決めて、自分をプレゼントしにきたミニスカサンタを担いで仮眠室に閉じ籠って鍵をかけた。




メリークリスマス。

サンタと一緒に、良い夢を。







「そういうつもりで来たわけじゃねぇんだけど」

サンタの呟きは、誰の耳にも入らなかった。





END,


単にパーティグッズを身につけた大総統が書きたかっただけ。


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