小話
□無愛想な告白
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「今、なんて言った?」
「なんだ、いつのまに耳が悪くなったんだ?」
執務室のでかいデスクにふんぞり返った上司は、多少むっとした顔でこっちを睨んだ。
そんな顔したって知らねぇ。わけわかんないこと言うからだ。
「生憎耳は大丈夫。てかアンタの頭だろ、おかしいのは」
「おかしくないさ。ただ思ったことを口にしたまでだ」
相変わらずムスッとした顔で、上司は返事をしろと偉そうに促す。
そんなこと言ったって。
ああそうか、聞き間違いだ。そうに決まってる。オレ、本に夢中になるとよくやるから。それでいつもアルに叱られてんだ。
「悪ぃ、もっかい言って」
オレは今度こそちゃんと聞こうと、ソファの上で体を捻りデスクのほうへ向いた。聞き逃すまいと全身を耳にして、開いていた本を閉じる。上司は不満そうな顔をしたが、オレが聞く態勢に入っているのを見て頷いて口を開いた。
「ではもう一度だ。鋼の」
「なに」
オレはしっかりと上司の目を見つめた。黒い瞳が真剣にオレを見ている。
「私の恋人になってくれないか」
「……………………」
聞き間違いじゃなかったのか。
オレは肩を竦めて体を戻し、さっきまで開いていたページを探すべく本を開いた。
上司はふたたび不機嫌な顔になって、返事はどうしたと怒ったように言う。
「冗談に返す返事なんてない」
「冗談など言ってない」
「アンタ、タラシなんだろ。恋人なんかそこらへんで適当に見繕ってきたらいいじゃん」
「将来を考えた付き合いをするのに、誰でもいいというわけにはいかないだろう」
「それならなおさらだ。オレなんかからかってないで外出て探して来い」
「からかってない。きみしか考えられないから言ってるんだ」
オレは本を読むのを諦めて顔をあげた。上司はデスクの向こうで腕を組み、眉間に寄せた皺を深くしてオレを睨んでいる。
どっからどう見ても睨んでる。
とてもじゃないが交際を申し込むツラには見えない。
「罰ゲームか?」
「は?」
「いやだからさ。なんかで負けて、罰ゲームでオレにそんなこと言わされてんの?」
「まさか。なんだそれは」
違うのか。しかし、本当に怒ってるようにしか見えない。ぶっきらぼうな口調も睨みつける視線も。それともアレか、ツンデレのつもりか。可愛くねぇしムカつくんですけど。
「だってアンタ、すげぇ嫌そうな顔してる」
そう言うと上司は自分の頬をごしごし擦った。
「真剣なだけだ。それよりどうなんだ鋼の。私と結婚するのは嫌か」
「嫌もなにも」
考えたこともなかったから返事が思いつかない。
結婚て?なにそれ。オレがこのアホと?それなんのジョーク?笑えねぇぞオイ。
「まぁ、きみはまだ若いから。結婚は今はおいといて、まずはお付き合いからだ。とりあえず今夜は食事にでも行って」
「待て、ちょっと待て!」
仕事のスケジュールでも確認するときみたいなツラで時計を見て立ち上がる上司を慌てて止めて、オレも立ち上がった。
「アンタさ、女にはあんだけ無駄に笑顔振りまいて饒舌なくせに、なんで今そんなツラしてんの」
「そんなってどんなだ」
「だからー、そのツラ!怒ったよーな不機嫌そうな!そんな顔で誘われても行きたくねーよ!ムカつくばっかじゃん!」
上司はようやく気付いたようで、戸惑った顔になった。
「……いや。怒ってるんじゃなく、緊張しているだけだ」
「はぁ?」
「真剣に交際の申し込みをするなんて初めてだから、どんな顔をしていいのかわからなくて」
上司は目を逸らした。ほんの少し目元が赤い。
照れてんのか。キショいんですけど。
「行こう、鋼の」
大佐は目はどこかを彷徨ったまま手だけをこちらへ差し出した。
「…………………くそ、拒否権なしかよ」
仕方なく左手を出すとすかさず掴まれて、オレはそのまま連れ出された。
ずっとあとになって聞いたら、いつも会ってる身近な相手に真剣な気持ちを伝えるのが怖くて、笑われたり嫌われたりするのが嫌で、それであんな態度になっていたんだとか。
バカじゃねぇ?あれじゃ余計に嫌われるぞ。実際オレは激しくムカついたんだし。
「いや、それでもきみは今私の隣にいてくれるじゃないか。あのとき勇気を出してよかったよ」
大佐は嬉しそうにそう言ってオレを抱き締めた。
如才なくて饒舌で器用で世渡り上手な大佐は本当は、真剣になればなるほど口下手で不器用になる。
それがいいのか悪いのか。
とりあえずその素顔は、今もこの先もオレしか知らない。
「仕方ねーなぁ……」
オレは大佐の背中に手を回して抱き返しながら。
あれでどうして付き合う気になって、それからそのまま続いているんだろう、とか。
確かに好きでもなんでもなかったはずなのに、なんで手足とアルを取り戻した途端に一緒に暮らしたりしてるんだろう、とか。
いまさら考えてもどうにもならないことを、ぼんやり考えたりしていた。
END.
告白が下手な大佐を書きたかったんですが…ビミョー…………ネタがまとまらないうちに書くと締まらなくなるですね………。