小話

□過去拍手おまけ
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「なに、鋼のが?」
「はい。そういう噂が流れてます」
中尉の表情は変わらず。
単に噂を耳にしたから一応報告しとこうか、というつもりなのだろう。
だが私は穏やかではいられない。
鋼のが、男と付き合っているなどと。
そんな、私が狙っていたのに。いやいやそれはおいといて、これはよろしくない事態だ。どうせ彼のことだから単なる噂に過ぎないだろうが、そんな噂が流れるのは軍の規律としてもよくない。ちゃんと確認しておくのは上司として当然のことだし、私が夜眠れなくなるではないか。



数日して、いつものようにふらりとやってきて私の前に紙束を置いて去ろうとする鋼のに、私はなるべく威厳を持って言った。
「待ちなさい。話がある」
いかにも面倒だという顔で、鋼のは渋々立ち止まった。デスクを挟んでこちらを向き、不機嫌を隠さないまま何の話だと聞く。その不貞腐れたような声と尖らせた唇に、私は思わずため息をついた。こんなに好きなのに、彼はいつもこんな態度で。私の気持ちに気づいてくれるのは、いつになることだろう。
「いや、気になる噂を聞いたからね。真相を聞こうと思ったんだが」
「噂?なに?」
「ああ、きみがね」
私はできるだけの努力で、平静に見えるよう頑張った。手のひらの汗までは止めようがないが、気づかれはしないだろう。
「………男と、付き合っているとかいう……」
「ああ、それね」
鋼のは肩を竦め、なんだそんなことかと言った。なんだってなんだ。私は必死なんだぞ。
「ほんとだよ」
否定してほしいと願う私の思いは届かなかった。鋼のは、あんたもなかなか耳が早いなぁなんて苦笑してみせて、話はそれだけかとドアに向かう。
「待て鋼の、相手は誰だ?」
慌てて聞いた私をちらりと見て、鋼のは少し戸惑ったようだった。
「そんなん関係ないじゃん」
「あるさ。私はきみの保護者だからな」
「後見じゃなかったんかよ。あー………ハボック少尉、だよ」
「…………ハボック?」
よく知った男の名前に驚いている間に、じゃあねと手を振って鋼のはいなくなった。

じゃあね、じゃないだろう。
なんだそれは。本当にあいつなのか。

ハボックとは先週も飲みに行ったが、それらしい話はまったくしなかった。私が鋼ののことを好きなのを知っていて、励ましてくれさえしたのだ。そんなあいつが、まさか。

が、思い返してみれば、あいつの口癖みたいになっている「彼女ほしいなー」が、あのときは一度も出なかったように思う。

本当に、本気で?

信じられない思いで、椅子に崩れるように座った。

何年片思いしていたと思ってるんだ。もう忘れるくらいずっと彼に夢中なのに。

男だから、年上だからとずっと黙っていた。彼が大人になって恋愛というものを少しは知れば私の思いも受けとめるだけの器ができるかと思って、それだけを頼りに見守り続けていた。

なのに。



私は勢いよく立ち上がった。椅子がひっくり返りデスクの書類が舞ったが気にしている場合じゃない。

部屋を飛び出て走り、中庭に出ると赤いコートが正門へ向かって歩いて行くのが見えた。
久しぶりの全力疾走でがくがくする足を叱咤し、なんとか追いついて小さな肩をがっしり掴んだ。振り向いて驚く鋼のをそのまま引っ張って、建物の横を回って裏庭に出た。なにすんだと怒鳴る子供をこちらに向かせ、両手で子供の両肩を掴む。

「鋼の」

「な、なんだよ」

その顔怖いよと言われたが、真剣なんだから仕方ない。睨むように見つめて、ぐっと距離を詰めた。

「ハボックとは別れて、私と付き合え」

「…………は?」

金色の瞳を真ん丸にして、鋼のが口をあんぐり開けた。
「私のほうがどう見てもお買い得だろう!地位もあるし金もある!だいいち、あいつなんかよりずっとずっと前からきみのことが好きだったんだ!」

だから私にしろ。

自分でも言ってることがむちゃくちゃだとわかっている。それでも我慢できない。焦がれ続けたこの子が他人のものになるのを見るのは耐えられなかった。

鋼のはしばらく呆然と私を見つめた。それからようやく唇を動かし、

「嘘だろ」

私は首を横に振った。

「じゃ、からかってんの?」

「違う」

鋼のはじっと私の目を見つめ、それから目を逸らした。頬がぼんやり赤くなっているのを見ると、やっと本気だとわかってくれたらしい。

しばらく迷うように視線を彷徨わせ、鋼のは俯いた。
「ごめん。さっきの嘘」
「……………え?」
「少尉と付き合ってるなんて、嘘。思いつきで言っただけなんだ」

やたらに男にモテてしまうため、将軍やら佐官やらからの誘いがうるさくて困っていたから、彼氏がいますと嘘を言ったら噂になって広がった。否定しなかったら誘いが減ったから、ちょうどいいやと嘘を通すことにしたんだと鋼のは説明した。

今度は私が呆然とする番だった。隠していた気持ちを、あんな最低な言葉で告げてしまった。さぞかし呆れただろう。軽蔑したかもしれない。

だが、鋼のは顔を赤くしたまま。私を見上げる瞳には侮蔑も呆れもない。

「…………嘘じゃなく本当になったら、大佐がオレを守ってくれんの?」

ああ鋼の。きみのためなら誰を敵に回しても怖くない。
必ず守る。そう言って頷くと、ありがとうと全開の笑顔で鋼のが言うから、思わずその唇にキスをした。

「ほんとは、オレも大佐のことわりと好きだったんだ」

わりと、の部分は頭の中で消去して、私は愛しい金色を強く抱き締めた。
嬉しくて嬉しくて、ハボックのことはすっかり忘れていた。




その頃ハボックは、鋼のから彼氏はハボック少尉だと大佐に言ったと聞いて、逃げ場を探して半泣きで建物内を走り回っていたらしい。
中尉が真剣な目をしたハボックから遺書を預かって悩んでいた、とあとからブレダに聞いたが。

知ったことか。私は今最高に幸せなんだから邪魔するな。

そう笑顔で答えた私の横で、

「オレ、早まったかも」

ため息混じりの鋼のの言葉は、聞こえなかったことにしよう。



END.

………なにがなんだか。

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