小話

□拍手おまけ
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数ヶ月ぶりに訪れたいつものロイの執務室で、エドワードはいつものように報告書を突き出した。

「はいこれ」
「ああ、ご苦労様。あとで見るから置いておきたまえ」

エドワードが書類を出すと、ペンを忙しく動かしながらちらりと目をあげてロイが言った。


別におかしくない。普通の態度だ。これが当たり前だ。
そう思いながらも、エドワードは頭のどこかで違和感を感じた。
いつもならエドワードが来た途端に仕事を放り出して、ソファに座るエドワードの隣で肩を抱いたり手を握ったり、ニコニコべたべたと忙しいロイが。
今日は真剣な目で書類を見つめ、声も静かな中にどこか暖かさを感じさせる大人の雰囲気で。
エドワードが所在なさげに立っていると短い言葉で椅子を勧め、暇なら書庫にでも行くかねと鍵を素早く引き出しから出す。その間もペンは止まらない。
やがてデスクの書類がなくなると、伸びをしてエドワードを優しく見て、

「今日はこれで終わりかな。鋼の、予定がなければ夕食でもどうだ」

「…………………」

エドワードは返事を忘れてロイを見つめた。
予定がなければなんて言葉、生まれて初めて聞いた。そんな目で。

ロイは背もたれに体を預け、足を組んで優雅に笑っている。どうした?と問う声もまた落ち着いていて優しい。

「…………あんた誰?」

ようやくエドワードは声を絞りだした。
こんな大人な大佐は知らない。こんな優しくてかっこよくて仕事がデキる大佐は自分の知る大佐ではない。

「熱でもあるの?」

エドワードは立ち上がってロイを見た。ロイは戸惑った顔でエドワードを見つめ返している。

「ないよ。どうしたんだ鋼の」
「だってあんた、なんか………」

言いかけて黙るエドワードを、ロイは怪訝な顔で見つめた。

「なんか…………気持ち悪い」

「え…………」

愕然とするロイから目を逸らし、エドワードはドアを目指して駆け出した。
ドアノブを掴んで振り向き、またロイを見る。
その目は怯えていた。

「待て、鋼の!」
「やだ!だってキモい!」

オレの知ってる大佐は、サボり魔の仕事嫌いで誰彼かまわず口説く変態でなにをやってもダメなヘタレのはずだ。こんな完璧な大佐らしい大佐なんか大佐じゃない。てかマジキモい。不気味。怖い。
一気に怒鳴って、ロイが立ち上がる隙も与えずエドワードは開けたドアから廊下へ消えた。



「…………………」

ロイはデスクに倒れこんだ。
エドワードと入れ代わりにホークアイが入ってきて、ロイを見てため息をつく。

「だから無駄だと言ったでしょうに」
「だって。いつも無能だのヘタレだの言われるから、ちょっと頑張ってカッコいい大佐になってみただけなのに…」

デスクに突っ伏したまま泣き崩れるロイにはもうさっきまでの面影はない。

「気持ち悪いって言われたよ……」
「聞こえました。大佐らしい大佐は大佐ではないとか。隣でみんなが笑い死にしそうなんですが、もしもの場合これは殉職でしょうか」

壁を隔てた隣の部屋からは、部下達が笑いすぎて酸素不足に陥ったらしい苦悶の声が聞こえてくる。

「………どうやったら私は鋼のに好きになってもらえるんだろうか」
「カッコつけずに、普段の態度で普通にしてればよろしいかと」
「それでダメだから変えてみたんだが」
「その結果がコレでしょう。だったら普段通りのほうがまだいくらかマシですね」

冷静に無表情で言うホークアイを見てしばらく考えて、ロイは立ち上がった。

「帰る。あとはよろしく」
「はい」

相変わらず表情は変えないまま、ホークアイが頷いた。

「エドワードくんにはまだ走れば追いつくと思います」
「ありがとう」

コートを手に部屋を駆け出すロイの背中に、ホークアイはまたため息をついた。
「エドワードくんもね…素直にいつもの大佐がいいって言えばいいのに」

ヘタレと意地っ張りの恋はまわりで見ているほうが大変だ。気持ちを正直に出せない子供は反発ばかりするし、それをまともに受けて悩んでばかりの大人は子供の心を推し量る勇気もないときている。

「それにしてもまぁ、なかなか的確な表現をするわよね。面白かったわ」

くすくす笑いながらホークアイは窓に近寄って外を見た。
正門の手前で、ようやくエドワードに追いついたロイが肩を抱こうとして鋼の拳で殴られたところだった。




END

カッコいい大佐ってどんなんだろう、と考えたんですが。要するに、私以外の方が書く大佐ってことですね。うん、なんかよくわかった気がする。

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